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【最終学年に飛躍を誓う甲子園のエースたち③】 千葉貴央(木更津総合→桐蔭横浜大)

主将としてチームを言葉と姿勢で引っ張る千葉


★甲子園で悲鳴をあげた右腕

 大阪桐蔭が制した2013年夏の甲子園で、高校野球ファンに衝撃を与えた場面があった。木更津総合の2年生エース・千葉貴央は1回戦の上田西戦で9回138球を投げて5失点完投勝利で初戦突破に貢献。続く2回戦の西脇工戦でも当然のように、先発のマウンドに上がった。だが、投球練習、そして先頭打者に対しても緩い山なりのボールしか投げることができない。明らかに故障を抱えている投球で、先頭打者こそ空振り三振に抑えたが、打者1人で降板。その後、千葉の名前が表舞台で聞こえることはなくなった。

 木更津総合入学後は1年春からベンチ入りし、夏には甲子園のマウンドも経験し、1年秋にはエースとなった。順調な成長曲線を描いていたが、痛みとの戦いに長く苛まれていた。もともと右ひじは小学生の頃か痛みがあった。全国各地の病院を回った結果、ようやく一昨年の11月に原因が判明し、肘の骨が神経を飛び越えて亜脱臼している状態だった。
 高校に入ってからは肩の状態も悪くなり、2年夏の千葉大会は投げ込みもできずに臨んだ“ぶっつけ本番”だった。それでも、持ち前の投球術で準決勝・決勝の2日間で合わせて318球を投げるなどしてチームを甲子園出場に導いた。
 だが、甲子園で千葉の右腕は悲鳴をあげ、以降は療養に努めたが回復は一向にせず、高校最後の夏は敗色濃厚な状態で最後の1イニングを投げたのみだった。

★「千葉にはカリスマ性がある」

 あの降板劇から4年半の月日が経ち、千葉は桐蔭横浜大の主将として、2度目の日本一を目指すチームの先頭に立っている。同大は、神奈川大学野球リーグに所属し、創部7年目の2012年秋に明治神宮大会を初優勝。NPBにも東明大貴、横山弘樹の両右腕を輩出している。
 そんな新進気鋭のチームで創部以来指揮を執る齊藤博久監督は、千葉の復活に期待し勧誘。千葉も「高校で野球は辞めようと思っていました。でも、誘ってもらいましたし、“このままで終わりたくない。周りの人に自分が投げている姿を見せたい”という思いがありました」と入学を決めた。
 入学後もマウンド復帰は遠かったが、そんな千葉を齊藤監督は「野球をよく知っていて、練習に対して真面目。性格もチャラチャラしていない」と評す。投球練習すらままならない状況でも、ひたむきに取り組む姿勢は誰もが認めるところであり、齊藤監督は「千葉が何かを言った時に“お前、それ違うだろ”と反発する部員は絶対にいないと思う。そういうカリスマ性があります」と、投手ながら主将に抜擢した理由を明かした。

★ベンチ外で見えたこと

「(大学入学後)監督さんをはじめ、スタッフの方が怪我の治療に集中できるようにしていただきました。全国のいろんな病院も紹介してもらいました」
 そう感謝を述べる千葉は、昨年4月に尺骨神経移行手術を受けて、徐々に回復を果たした。昨年11月12日の練習試合では大学入学後に初めて登板を果たした。2イニングを投げ失点も許したが「減ってはきましたが、まだ痛みがあります」としながらも、その時の感想を聞くと「めちゃくちゃ楽しかったです」と一気に晴れやかな表情に変わった。
 今年は自身の復活と、チームのリーグ王座奪回、日本一奪取に燃える。
「スタンドで応援する側に回って、チームを支えているのは2軍の選手たちだと改めて思いました。ウチのチームの良いところは、1・2軍の力の差や温度差が少ないところ。なので、まずはチームの底上げを目指していきたいです」
 数々の苦労を味わった千葉だからこそ見えることがある。それをチームに伝え、全員で共有できた時にチームの成長速度はさらに上がっていきそうだ。そして、その「底上げ」には千葉の復活も含まれている。

千葉貴央(ちば・たかお)・・・高郷スターズ(軟式)→七林中(軟式)→木更津総合→桐蔭横浜大(今春より4年)。181cm73kg。右投右打

文・写真=高木遊

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