BASEBALL GATE

プロ野球

“仕掛けずバント”の広島は怖くない。
崖っぷちの今こそ赤ヘル野球を貫け。

鷲田康=文
photograph by Hideki Sugiyama

シーズンで2位を100点近く引き離した広島の得点力は、大胆な攻撃があればこそだったはずだ。本拠地での復活に期待したい。

シーズンで2位を100点近く引き離した広島の得点力は、大胆な攻撃があればこそだったはずだ。本拠地での復活に期待したい。

「自分たちの野球」という言葉を、監督からも選手たちからもよく聞く。
 シリーズ第5戦は日本ハム・西川遥輝の劇的サヨナラ満塁本塁打で決着。連敗スタートの日本ハムが本拠地で3連勝して、シリーズに王手をかけた。
 一方、後がなくなった広島は再び地元に戻って赤に染まったスタジアムでの巻き返しを狙うことになるが、そこでもう一度、思い出して欲しいのが冒頭の「自分たちの野球」という言葉である。
 今季の広島は強かった。
 何が強さの秘密だったかといえば、そのベースにあったのは、単なる組織力ではなかったはずだ。投打に才能溢れるこの力をベンチが束ね、それを前面に押し出した攻撃的野球だったはずである。特に打線はシーズンを通して貫かれていたのがタナキクマルに“神っている”鈴木誠也らを軸に、エンドランや機動力を多用して、どんどん仕掛けていく積極的な野球だったはずだ。
 ところがクライマックスシリーズから日本シリーズと、緒方孝市監督のタクトから、その積極野球が影を潜めてしまっているように見えるのだ。

■「奪う場面」で代打・松山竜平を使わず。

 1つのサンプルが第5戦の同点で迎えた9回の攻撃である。
 先頭の新井貴浩が右前安打で出塁すると、緒方監督はすかさず代走に足のスペシャリスト・赤松真人を送る。続く小窪哲也が送りバントを決めて1点を取りにいく形を作った。ここまではいつも通りだ。
 ベンチには代打の切り札である松山竜平がいた。だがこのいつもなら積極的に代打攻勢をかけていたはずの場面で、緒方監督は動かなかった。
 8番の下水流昂にそのまま打たせて中飛。そしてこのシリーズ無安打の9番・石原慶幸もそのまま打席に立足せると空振り三振に倒れて、せっかく作った「奪う場面」でその1点を奪えなかったのである。

■先頭打者が出た13回中、7回バントを選択している。

「(9回裏に)中崎をいかせることは決めていたし、長いイニングも考えていた。リードするところ(リード面を考えて)で、石原にそのままいってもらった。石原も全然打てないとは思っていない」(緒方監督)
 要は守りを考えてのベンチワークだったのだ。ただ、点を取らなければ勝てない場面だった。1点をもぎ取るために走者を得点圏に進めながら、中途半端に守りに足をかけながらの采配は、シーズン中と違ってあまりに消極的ではなかったか。結果的には、ここで1点を奪いきれなかったことが、その裏のサヨナラ負けに繋がったともいえるわけだ。
 実は今シリーズのここまで5試合で、広島は13回先頭打者が出塁している。そのうち第3戦の9回無死三塁以外、送りバントが選択肢になる12回のケースで犠打のサインが出たのは7度で成功は4回だった。
 確実に送る野球はもちろん必要だが、今季の広島はここでエンドランや盗塁と仕掛けて勝ってきたチームである。

■ホームスチールで大谷から点を奪った初戦を思い出せ。

「もう少し機動力を使った攻撃をしたかったですが、やっぱり短期決戦は1点、1点かなと思った」
 こう語っていたのは、クライマックスシリーズ(CS)のときの緒方監督だった。序盤に送らなかったCSの第3戦で唯一の黒星を喫したのがトラウマになったのか、それ以降は日本シリーズでも手堅い作戦、送りバントを多用するケースが目立っている。
 ただ、そういう「よそ行きの野球」に選手が戸惑い、それがチームのリズムを壊しているようにも映るのだ。
 思い出して欲しい。
 初戦は2回1死一、三塁からセーフティースクイズで揺さぶり、最後はダブルスチールを仕掛けた本盗で大谷翔平から先取点を奪った。第2戦も同点の6回無死二塁からバントのサインが出ていたにもかかわらず、菊池涼介が自分の判断でバスターに切り替えて勝ち越し点をもぎ取っている。
 これが今季の赤ヘル野球なはずだ。

■本拠地の応援を背に、いつもの赤ヘル野球を。

 逆に第4戦では、シーズンで3度しか送りバントをしたことのない鈴木にバントのサインを出したが見落とすなど、普段と違う野球が選手を混乱させているようにも見えるのだ。
 もちろん短期決戦は守りの勝負。攻撃も1点、1点、手堅く追加点を奪っていくというのが定石かもしれない。ただ、その定石にとらわれ過ぎて「自分たちの野球」を見失っては、これもまた決して日本一は手が届かないのではないだろうか。
「地元に帰ってもう1回ね。再度踏ん張らないとね。もう1回勝って繋げていかないと。その気持ちで……」
 土俵際に追い込まれた指揮官は、こうマツダスタジアムでの反撃を誓った。
 そこにはいつも通りの熱狂的な応援がある。だからこそそこでは再び、いつも通りの赤ヘル野球が見たい。