- プロ野球
2016.10.26 22:38
■『プロ野球亭日乗』
ボール球が来る事はわかっていた。
大谷翔平が制した駆け引きの内実。
鷲田康=文
photograph by Hideki Sugiyama
ボール球には手を出すな」
野球の鉄則である。
なぜボール球に手を出してはいけないのかといえば、安打にできる確率が少ない上に、4つボールを見極めれば安打と等価の四球を手に入れることができるからである。
ただ、打者には自分が安打にできるそれぞれのヒットゾーンがある。インハイは打てないがアウトローは高確率でヒットにできる打者もいれば、高めは苦手だが低めは滅法強い打者もいる。
そのヒットゾーンが究極に広いのがマイアミ・マーリンズのイチロー外野手であり、好打者は普通のゾーンとは別に、もう1つそういう自分のゾーンを持っている。
シリーズ第3戦で日本ハム・大谷翔平が放ったサヨナラ打も、そんな大谷のヒットゾーンの広さに広島が敗れた結果だった。
白熱の好ゲームとなった第3戦。初回に広島先発・黒田博樹の立ち上がりを攻めた日本ハムがシリーズ初めての先取点を奪ったが、2回に広島がブラッド・エルドレッドのシリーズタイ記録の3試合連発となる2ランで逆転。8回に今度は日本ハムが4番・中田翔の二塁打で再逆転するが、土壇場の9回に広島が追いつき延長戦に突入した。
■西川の盗塁を助ける、わざとの空振り。
延長10回裏、日本ハムは1死から1番の西川遥希が四球で出塁。しかしマウンドの広島5番手・大瀬良大地も踏ん張り、代打の陽岱鋼を空振り三振にとって2死までこぎつけた。
そして打席に入ったのが大谷だった。
カウント1-1からの3球目。西川がリスク承知で二盗を敢行した。
「翔平が歩かされる可能性があったので迷ったが、(大瀬良の)クイックが少し遅くなるのもあって、思い切って走った」
西川の決断だ。
8回に一塁が空いている場面で、広島が大谷を敬遠しての中田勝負が裏目に出たことも伏線にある。それともう1つ、勝負の流れを動かしたのが大谷の空振りだった。
「走ったのが見えたので、ストライクゾーンだったけど(わざと振った)……」
大谷は説明する。
要はストライクを1つ、捨てたわけである。
■大谷にストライクは要らない、という広島の認識。
それまでは長打が必要だったが、盗塁でワンヒットで生還できる状況になる。ならばあえて空振りして追い込まれても、次のボールでの勝負を選んだわけである。
逆に広島は1-2と追い込み投手有利のカウントになったことで、歩かせるという判断が消えた。大瀬良がマウンドを外す。捕手の石原慶幸が歩み寄り、ベンチから投手コーチの畝龍実も飛び出し「大谷勝負」を確認した。
「厳しくいって四球なら仕方ない。その中での勝負だった」
大瀬良は振り返った。
ここでのバッテリーの考えは、ストライクはもう要らないということである。
歩かせてもいいので、厳しいコースにボール球を3つ投げる。そのボール球に大谷が手を出して打ち損じてくれればいいし、結果として歩かせても中田でもう1度、勝負をし直ぜばいいわけだ。
実際に4球目に投じたのは内角低め、ボールゾーンの147キロのストレートだった。甘い球ではなかった。だが、大谷はそれを見事にはじき返して、日本ハムのサヨナラ勝ちが決まった。
■歩いてもいいと思うか、自分で決めにいくか。
いわゆるストライクは絶対に来ないことを、大谷ももちろん分かっていたというが、ここでストライクを1つ捨てても西川の盗塁を助けたことが選択を楽にしている。
「インコースに突っ込むか、低めのフォークボールかの二択だった。(自分は)長打を打たなくていい場面になったので、その2つだけしか頭になかった」
こういう場面で、打者の考え方には2つのタイプがある。
1つは失投を待って、甘くこない限りは手を出さず、歩くことも考えるというもの。いわゆるつなぎの意識である。
もう1つは自分の打てるゾーンにくれば、積極的に打って出るというもの。いわゆる決める意識だ。
大谷の選択は後者だったわけである。
■ルールではボールでも、大谷にはストライクだった。
ボール球でも自分のゾーンなら積極的に手を出していく。その上で冷静に配球を絞り込んで網を張って待っていた。
「その前に2つ真っ直ぐを見ていますし、詰まっても落ちればいいかなと思っていた。インコースはもともとそんなに苦手ではないですし、反応できると思っていた」
そこに、注文通りのインローのストレートがきた。そこはルールブックではボールだが、大谷にとってはストライクだったわけである。
これでシリーズは1勝2敗となった。
この日の大谷は、サヨナラ打以外にも2本の二塁打を放つなど大暴れ。本拠地に戻り大谷が「3番・指名打者」に入ったことで、日本ハム打線の攻撃力は大幅に改善されることになり、広島一辺倒だった勝負の流れも変わってきている。
広島は改めて対策の練り直しを迫られるが、いずれにしろ札幌ドームでの3試合は、打者・大谷を軸に展開されることだけは間違いない。