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プロ野球

ジョンソンが作り、黒田で決定的に!? 広島に「流れ」をもたらした19球。

前原淳=文
photograph by Hideki Sugiyama

 最多勝は野村祐輔に譲ったが、シーズンの防御率2.15はダントツのチームトップ。 広島のエースはジョンソンなのだ。


最多勝は野村祐輔に譲ったが、シーズンの防御率2.15はダントツのチームトップ。
広島のエースはジョンソンなのだ。

 ぐるり、360度を真っ赤に染めたマツダスタジアムが25年ぶりの高揚感をさらに高めた。パの王者日本ハムを飲み込む盛り上がりは、広島ナインにも「いつもとは違う」緊張感を感じさせた。
「ど緊張でした」
 三塁の安部友裕は浮足立っていた。広島が’13年、’14年と2度出場したクライマックスシリーズ(以下CS)はメンバーから外れ、初出場となった今年のCSファイナルステージで8打数無安打。それでも日本シリーズ初戦は「7番三塁」で先発出場した。
 だがプレーボール直後、日本ハムの先頭打者・西川遥輝の三塁線に高く弾んだ打球を前進しながら取って一塁に送球するも内野安打にされた。取らずに見送ればファウルとなっていた可能性が高い。無理に捕球する必要はなかった。
 1死二塁から、芝と土の境目でイレギュラーバウンドして三遊間を抜けていった打球も、普段であれば止められただろう。打球に反応しきれず、1歩目が出ず、動きが硬かった。止めても一、二塁だったが、状況は一、三塁と悪化した。
 流れが大きく結果を左右する短期決戦。広島の重苦しい空気は見て取れた。

■ジョンソンのクールと強気がチームを救った。

 チーム、そして安部を救ったのは、マウンド上でクールな表情を崩さなかったクリス・ジョンソンだった。
 大谷翔平とともに、日本ハムに流れを持ち込むカリスマ4番の中田翔と対峙。外角のボール球を見せ球に、内角球で強気に押した。特にカウント1-1から内角に投じたカットボールが効果的だった。1球、外角のボール球を挟み、最後は緩いカーブで空を切らせた。
 続く陽岱鋼にも、1ボールから徹底して内角を攻めた。勝負どころで球威、切れが増した。制球ミスもない。中田の空振り三振で一塁走者が二塁に進塁して二、三塁となったことで、セットポジションからノーワインドアップに切り替えたことも味方にした。

■ジョンソンの19球が、広島に流れをもたらした。

 緩いカーブに、陽岱鋼のバットは回った。大歓声が沸く中心で両手をたたき、叫ぶジョンソンの前を、軽快に走ってベンチに戻る安部の姿があった。
「1回で『終わった』と思いました」と試合後に振り返った安部だが、この危機を切り抜けたことで完全に立ち直った。シリーズ初打席では、ポストシーズン初の安打が生まれた。そしてその初安打が、シリーズの流れを大きく広島に傾かせる重盗につながった。
 シリーズ初戦の先制点は、広島に大きな流れをもたらした。そのまま先手を取ったことで、2戦目に向けても大きなアドバンテージを築き上げた。
 今季、広島は勝つことで成長してきた。一つひとつ勝ち星を積み重ねて「経験不足」を打ち消しながら、「勝者のメンタリティー」を植え付けてきた過程がある。物事には必ず始まりがある。
 日本シリーズで広島に流れをもたらしたのは、ジョンソンが初戦の1回に投じた19球だったと言っても過言ではない。

■「お前がエースだ」と「TIJ」、2つの言葉。

「お前がエースだ」――。
 今季、畝龍実投手コーチがジョンソンに言い続けてきた言葉だ。
 昨季まで広島投手陣を引っ張ってきた前田健太は、昨オフ、ポスティング制度を利用して米大リーグ・ドジャースへ移籍した。チームには黒田博樹という唯一無二の存在もいるが、大黒柱はジョンソン。首脳陣は大きな期待を寄せていた。
 エースは、勝てばいいだけの存在ではない。チームを背負っている。
 勝敗だけでなく、マウンドでの立ち居振る舞いも広島投手陣の顔となる。マウンドでみせる隙は相手だけでなく、味方にも影響する。エースは、チームの鑑でなければならない。
 来日当初はストライクゾーンの違いに戸惑い、味方のミスにもいら立ちをあらわにした。高い制球力があるゆえ、球審のジャッジも厳しく感じられることもある。それは今季も変わらない。
 だが、マウンドでは「TIJ」と言い聞かせる。「This Is Japan(これが日本のやり方だ)」。この言葉は、’11年から4年間広島でプレーし、40勝を挙げたブライアン・バリントンが言い始めた。その後加わったデニス・サファテ(現ソフトバンク)、キャム・ミコライオ(現楽天)らに浸透した。

■黒田先発で、流れは一気にうねりに変わるか。

 この日も、思わずしゃがみこむほどの厳しい判定があった。7回に厳しい判定が重なり、レアードのソロホームランの後に連打を浴びて2死一、二塁で降板するときには、不満が態度に出た。
 厳しい判定だけでなく、不運な当たりにも、中島卓也の6球ファウルの粘りにも、マウンドでは冷静さを失わなかったが、「ボールとコールされたら仕方がない。自分のイライラが出てしまったことは反省しなければいけない」と試合後は自分を責めた。
 ジョンソンは先制点だけでなく、初勝利をもたらした。さらに徹底した内角攻めの残像が、2戦目先発の野村祐輔の投球にも生きた。
 一見、小さく見える流れが大きなうねりとなってセ・リーグを制したように、日本シリーズではジョンソンの19球によって広島に小さな流れが生まれた。25日から敵地札幌ドームで、精神的支柱の黒田が先発する。流れが一気にうねりに変わる分岐点となるかもしれない。