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高校野球

東海大相模の強打を封じた 中京学院大のインコース攻め【第101回全国高校野球選手権大会第10日】

東海大相模―中院大中京  東海大相模戦に先発した中京学院大中京・不後=甲子園

東海大相模―中院大中京  東海大相模戦に先発した中京学院大中京・不後=甲子園

 中京学院大中京の森昌彦コーチはゲーム後、してやったり、ニヤッと笑っていた。

「東海大相模の打線は近江の(左のエース)林君をまったく、打てていなかった。変化球は当たらないぞ、と。その辺の対策はしました」

“森昌彦”と聞いてピンとくれば相当、高校野球に詳しい方だろう。まずは森のライバルの説明を。

 40年ほど前、”阿波の金太郎”と言われた投手がいた。センバツで優勝投手になったこともある池田の水野雄二(元巨人)のことだ。
そして水野と並び称された、”東海のクマ”と言われた投手がいた。愛知の中京(現中京学院大中京)の野中徹博のことだ。野中のチームメイトには同等の力を持った投手が二人いた。それが紀藤真琴(元広島)と森だ。

 森は大学から社会人で活躍。アトランタオリンピックでは日本の銀メダル獲得にも貢献した。その後、高校の指導者になり、愛知の豊川ではセンバツベスト4の実績を残す。4年前に大学、社会人の先輩の橋本哲也監督に請われて、中京学院大中京のコーチになった。

 それは、さておき。

 この日の3回戦、森の思惑通り、中京は優勝候補の相模を破った。一番の要因は投手陣の粘り、特に先発の不後裕将(3年)の強気のインコース攻めにあったとみる。

 立ち上がりの1回裏、先発の不後は1、2番に連打とダブルスチールで無死二、三塁のピンチをいきなり迎える。

 しかし、クリーンアップを3つの内野ゴロに打ち取って無失点で切り抜ける。3番の井上恵輔(3年)と5番の金城飛龍(3年)の右バッターには130キロ台後半のストレートでインコースを力でついて詰まらせ、4番の左バッター、山村崇嘉(2年)には外の変化球を有効に使った。
 5回まで井上にはタイムリーと、6回にソロホームランを許すが、その2点に抑える文句のない内容だった。

 ゲーム後に不後が言う。

「ホームランが唯一の失投でした。相模の打線は最初は怖い部分もあったんですが、同じ高校生なので、逃げずに向かっていこうと。インコースを攻めることと、チェンジアップ、カーブなどを散らして、球種を絞らせないようにしました」

 森コーチが付け加える。

「右にも左にもバッターへのインコースは去年からやってる生命線。県大会と1回戦は外が7対3ぐらいで多くなっていたので、右バッターは打てないから、と今日は6対4に増やしました。左の遠藤君は外は打てないから引っ掛けさせて、と打ち合わせ通り。
 教えていなんですが、基本パターンと裏パターンを持ってる。今日もビデオ見て対策は練ってるので。面白いと思ってました」

 相模の長谷川将也部長が面食らった、と言う。

「右打者にはウイニングショットでインコースを使ってくる、というイメージしかなかったのに、あれだけ連続でインコースを攻めてくるとは思いませんでした」

 高校通算38発の相模の山村が悔やむ。
「自分は何もできなかった。3年生に申し訳ない。自分が嫌いなボールばかりだった。不後投手の直球はキレが良かったです」

プロも注目する6番の左バッター遠藤成(3年)は不後に4打数ノーヒットだった。
「カットボールみたいな変化球に苦しみました。それを見せられて高めの真っすぐにやられました」

 相模の打線は北照戦の不後の投球パターンと違っていて、見事に裏をかかれたわけだ。

 もう一つ、中京に大きかったのは相模の総力を封じたことだ。近江の林―有馬のバッテリーは相模の全力疾走にかき回された。

 キャッチャーの主将、藤田健斗(3年)は侍ジャパンU18の代表候補に選ばれた強肩。森コーチも大胆に構えていた。

「ファールを打たせるとか、エンドランをかけにくい配球をするとか。フライを打たせれば戻るしかないしね。前のランナーよりバッターランナーを注意しようと」

 初回、ダブルスチールは許したが、結果的にその後、盗塁は許さなかった。

 1対3から中京の反撃は7回表。

 右投手の紫藤大輝(3年)、左の野口裕斗(3年)に8安打を集中して、7得点のビックイニングを作った。スクイズ見逃しがあったり、相手キャッチャーの悪送球などで助けられたが、見事だった。
 特に9番・二村洗生(3年)、1番・高畠和希(3年)、2番・申原愛斗(3年)の左バッターがレフト方向へ3連打。台風の去った後の強い浜風にも乗って、ダメージを与えた。

 1回戦の北照にも7回裏、4点を取って逆転勝ちしている。中京の橋本監督が終盤の強さを言う。

「劣勢でも6、7回にベンチの雰囲気が変わるんですよね。冷静になって今までやってきたことをやろう、と声かけができる。7回はバントなし。打ち勝たないと勝利はないんで。センターから反対方向に、打たされることなく腰が入っていた、練習通り。2、3人目のピッチャーの対策はできていた」

 相模の門馬敬治監督は「打てないと勝てない」と言った。確かにゲームに勝ったけれど、近江の林を打ち崩したわけではないし、神奈川県大会決勝で24点を奪った打棒は見せられなかった。

 しかし、だ。この日も1年生を先発させたり、5投手をつぎ込まざるを得なかった。4年前に小笠原慎之介(現中日)がいて優勝したように、今年は柱になるエース不在が優勝候補と言われながら、短い夏に終わった原因だったのではないだろうか。

 そうだ、最後に森コーチと同級生について触れねばならない。

「社会人でも指導してきましたが、高校生はいろんな色に変わるんで面白いです。大事なのは技術を教えることよりも日常の生活ですね。野球をやってきて、学ぶものがたくさんあるので」

 中京の三羽ガラス、の野中は出雲西の監督になり、紀藤も水戸啓明の監督になった。

「野中、紀藤とは年に1、2回、会ったりする程度。先日、監督になったばかりの紀藤にはいろいろ、聞かれました」

 甲子園で対戦する日が待ち遠しそうだった。

文・清水岳志