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高校野球

近江の有馬と林を狂わせた 東海大相模の全力疾走【第101回全国高校野球選手権大会第6日】

【写真提供=共同通信】6回表東海大相模無死一塁、西川の捕邪飛で井上が進塁。遊撃手土田=甲子園

 近江の多賀章仁監督はお立ち台に上がって、絞り出した。

「夢を見させてもらったチームなので」

 そう言えるチームが全国にいくつあるだろうか。

 主将の捕手、有馬諒(3年)と左腕エースの林優樹(3年)。このバッテリーは昨年、ベスト8を経験し、さらに春の近畿大会で優勝。この夏も優勝候補の一角に挙げられている。強打の東海大相模との初戦は屈指の好カードになった。

 多賀監督はゲーム前、密かに自信を見せていた。
「林は順調に調整できた。真っ直ぐで内角を突いて、持ち味のチェンジアップが決まれば、強打の東海大相模さんにも、簡単には打たれないと思う。有馬のチームなので、楽しんでいける状況を作ってくれれば」

 滋賀県大会で林は26回を投げて失点ゼロ。守備陣もエラーなしという完璧な戦いで勝ち抜いてきた。しかし、ありきたりだが、甲子園には思いもよらない魔物がいた。

 初回の守りがカギになる、と多賀監督が心配していた初回、三者ともショートゴロでの凡退で危なげなくスタートした、かに見えた。ただ、先頭と二人目、ショートの土田龍空(2年)のファーストへの送球が二つともワンバウンドしている。一塁手の板坂豪太(3年)がすくい上げてことなきを得たが、多賀監督も有馬も「土田はムラがある」と気にしていた。

 0対0で迎えた東海大相模の4回表の攻撃、そのムラが悪い方に出てしまう。
 2死二塁で、打ち取ったショートへのゴロを前進してきた土田が取り損ねてエラー、ボールはセンター前へ。相模が先制した。
 ここから近江守備陣にほころびが広がっていく。

 6回の東海大相模。先頭バッターがセカンドの見市智哉(2年)のエラーで出塁。次の打者のバントはキャッチャー後方へのフライ。有馬がダイビングキャッチする間にタッチアップして二進する。そしてすかさずライト前にタイムリーが出る。次の打者のサードゴロを鈴木脩太(3年)がファーストへ悪送球して、この回2点目。
 9回は有馬にもファーストへの悪送球が出て、1点を献上した。

 見市はゲーム前に言っている。
「近江の二塁手を任された責任がある。監督にも二塁は守備の要と言われています。守備からリズムを作るのが自分たちの野球」

 それが計6失策というまさかの守備の破綻だった。6対1。点差は完敗だが、林の自責点は1点のみだった。

 それと近江が体験していなかったこと。それは東海大相模の高い走力だった。タッチアップしかり、外野手のバックホームへの高い返球を見てに次への進塁然り。

 浅野太輝中堅手は冷静なプレーができなかったと言う。
「相模さんは外野が少しはじいただけで次の塁を狙おうという積極的な走塁でした。(6回、安打を打たれてホームへ返球。その間に打者走者がセカンド進塁)頭が整理できていれば中継に投げていました」

 有馬も言う。
「走塁の圧力がありました。ああいうプレッシャーは滋賀県では経験したことがなくてやりにくかった。相模の攻撃は隙がない。ギリギリのところでアウトにできると思ってもセーフになってしまう。自信が走塁に出てました。自分も二つの悪送球をしてしまった。捕手から全体を見て、みんな影響を受けているのがわかりました」

 多賀監督が敗因を言う。
「有馬の飛びついたフライでタッチアップするなんて見事だった。走塁のレベルの高さ、特に打者走者の全力疾走ですね。慌ててしまった。当たり損ねに焦って取り損なう。最初の土田のエラーがね、足が速いから前で取らないといかんと突っ込んで後逸してしまった。走力の高さに圧倒されました。エラー6個は想定外でした。
県大会を0点で抑えてきましたから、(3回まで0点で)そのままハマれば完封してくれるかなという期待もある一方で、1点を取られて。林にしてみたら重かったと思う、打ち取った当たりで」

 東海大相模の門馬敬治監督によれば、
「いつも練習からやっていること。やるべきことをやっただけ」

全力疾走という至極当然の行為がクレバーな有馬を、そして近江を狂わせた。

 金足農と対戦した昨年の準々決勝。9回、2ランスクイズを決められて、近江はサヨナラ負けした。
有馬がスライダーのサインを出したが、林が首を振って、ストレートを選択して投げたシーンた。スライダーを投げていれば違った結末になっていたかもしれない。

 それでも林が投げたいボールを投げさせる。
「キャッチボールで会話をしています」
有馬は林との関係をそう話した。

「今日の林は6安打しか打たれてない。ベストピッチングをしてくれました。速球派ではなくて、技巧派の林と組んだから僕の特徴も引き出された。感謝してる」

 日本一のバッテリーを目指した二人が初戦で散った。

文・清水岳志