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「163キロ」に垣間見える最高球速の盲点【NISSAN BASEBALL LAB】

大船渡・佐々木朗希のピッチング写真

写真提供=共同通信

 

 7月も半ばを過ぎ、今年も全国高校野球選手権の地方大会が盛り上がりを見せている。各地で球児たちが聖地への切符を懸けて熱戦を繰り広げているが、中でも最大の注目株は佐々木朗希(大船渡)だろう。

 花巻東時代の大谷翔平(現エンゼルス)を上回る163キロを記録してからというもの、高校野球のニュースはほぼ佐々木一色といっても過言ではないヒートアップぶりだ。佐々木の他には、奥川恭伸(星稜)、西純矢(創志学園)の両右腕の評価が高く、左腕の及川雅貴(横浜)を加えた4人を今年の「高校BIG4」とするメディアも多い。

 大阪桐蔭の根尾昂(現中日)と藤原恭大(現ロッテ)、報徳学園の小園海斗(現広島)らが目玉だった昨年とは打って変わり、今年のドラフトの主役は投手になりそうだ。

 彼らのようなドラフト候補がメディアに取り上げられる際、さまざまな評価項目の中でまず例外なく言及されるのが「最高球速」である。

 これは、単に球速が重要視されていることもあるが、「最速○キロ」と数値で示せばその度合いが一目瞭然で、「“キレのある”スライダー」や「“抜群の”コントロール」のような曖昧な表現をする必要がないことも理由のひとつだろう。

 トラッキングシステムの普及が進めば数値化できる項目も増えるが、例えばボールの変化量やリリースの位置は数値の大小がそのまま優劣ではないため、結局は直感的に理解しやすい最高球速が重宝されるようにも思える。今回は、高校時代とプロ入り後のデータを比較しながら、この最高球速について掘り下げていきたい。

■20代前半は球速の伸び盛り

高校時代とプロ入り後の最高速球の関係 図1

 図1は、分離ドラフトが廃止された2008年から14年のドラフトで指名された高校生を対象とした、高校時代とプロ入り後の最高球速の関係を示している。プロ入り後のデータは5年目までを区切りとし、ポストシーズンを含む一軍公式戦で計測された最高球速を用いた。

 オールスターや二軍戦などのデータは考慮していない点、5年間で登板機会に恵まれなかった投手は除外している点には留意されたい。

 図中の点線はプロ入り後の最高球速が高校時代から変わらなかった場合の座標を結んでいる。つまり、点線より左上にあるのがプロ入り後に最高球速がアップした投手、右下がダウンしてしまった投手だ。

 これを見ると、大半の点は左上のエリアにプロットされていて、多くの投手がプロ入り後に高校時代の最高球速を更新したことが分かる。安樂智大(現楽天)や眞下貴之(元DeNA)など、故障やフォーム改造をきっかけに球速が落ちてしまった例もあるが(表1)、一般的には20代前半が球速の伸び盛りであることが、この図からも確認できる。

最高速球がダウンした主な投手 表1

 図1はドラフト順位を3位以上と4位以下に分類してプロットしたが、高校時代に最速151キロ以上を記録した投手は、全員が上位で指名されている。やはり球の速さはそれだけ重要視されていて、そこに強みを持つ投手は評価を上げやすいのだろう。

 一方、プロ入り後の最高球速を見ると、155キロ前後を記録した下位指名の投手が目立つ。特に、千賀滉大(現ソフトバンク)と国吉佑樹(現DeNA)はともに育成ドラフトで入団し、高校時代から10キロ以上のスピードアップに成功(表2)。

 今季、両者ともに161キロをたたき出したのは、記憶に新しいところだ。他にも、中崎翔太(現広島)や石川直也(現日本ハム)らが大きく球速を伸ばしており、高校時代の最高球速が平凡でも、プロ入り後に球界屈指の剛腕へと飛躍するケースは、決して少なくないことが分かる。

最高速球がアップした主な投手 表2

■球速が遅い方が伸びしろは大きい

高校時代とプロ入り後の最高球側鎖 表3

 ドラフト順位の分類に沿って、高校時代とプロ入り後の最高球速の平均を算出したのが表3だ。3位以上は高校時代に速球で鳴らした投手が多い分、プロ入り後の最高球速でも4位以下のそれを上回っている。

 一方、高校時代からの球速の伸びという点では、下位指名の投手たちが勝る結果となった。ただ、これは単純に伸びしろの問題が大きそうだ。同じ5キロアップでも、「140キロから145キロ」と「150キロから155キロ」では、難度が全く異なると考えられるからである。

投手の最高急速と過去5年間での上昇期待値 図2

 そこで、最高球速と伸びしろの関係を見ていきたい。図2は、2004年から昨年までのNPBにおいて、「あるシーズンにある最高球速を記録した投手は、翌5年間でその最高球速が何キロアップするか」をグラフにしたものだ。

 なお、ここで検証したいのはあくまで伸びしろの部分であるため、一般的に球速がピークへと向かっていく最中にある、25歳以下のシーズンのみを対象としている。

 これを見ると、例えばあるシーズンの最高球速が143キロであれば、翌5年間で3.2キロのアップが期待できるのに対し、すでに150キロに達していると、同じ期間で0.9キロしかアップが見込めないことが分かる。

 また、147~148キロあたりを境に、球速の上昇期待値が右肩下がりから横ばいになることから、この程度まで球速が上がると成長の余地が少なくなり、頭打ちの状態になるのだろう。

■注目を浴びるほど球速も出やすくなる?

高校時代とプロ入り後の最高急速差 表4

 ところが、下位指名の方が球速を伸ばす傾向にあるのは、伸びしろの問題だけではないようだ。というのも、高校時代の最速が147キロ以下の投手に限定しても、やはり4位以下で入団した投手の方がより球速を伸ばしていたのである(表4)。

 サンプルの少なさもあるとはいえ、これを額面通りに受け取れば、「高校時代の最高球速が同程度であれば、評価が低い投手の方が球速は上がりやすい」ということになる。

 ここで思い出したいのが、くだんの佐々木が記録した163キロである。各種報道を整理すると、163キロが計測されたのは今年4月6日、近畿大学の生駒グラウンド。U-18日本代表候補の研修合宿におけるケース打撃で、内海貴斗(横浜)に投じた3球目だった。

 視察したスカウトは約50人、彼らが構えたスピードガンの表示は156キロから161キロほどで、163キロを計測したのは中日のスカウトだけだったとされる。

 この1球が「163キロ」として扱われるのは、よくよく考えればかなり特殊といえるだろう。なぜなら、同じ対象の物理量を複数の機器で測定したのであれば、測定値の平均を最も確からしい値とするのが一般的だからだ。

 あるいは中央値や最頻値を取る方法もあるだろうが、いずれにせよ最高値を採用するケースはまれと思われる。もちろん、最高球速とは「そういうもの」であり、それが正しくないとか好ましくないという話ではない。

 しかし、球速だけを求めるなら、スカウトが大挙してスピードガンを構え、それらの最高値だけが記録されるという環境は極めて恵まれたもので、ドラフト上位候補の特権とすらいえる。

 すなわち、「球が速いから注目を浴びる」「注目を浴びるからスカウトが大挙する」「スカウトが大挙するから球速が出やすくなる」というスパイラルによって、最高球速が過大評価されてしまったことが、表4のような結果を生んだという可能性が否めないのだ。

■球速は「真の値」とは限らない

 もちろん、これはひとつの考察にすぎない。上位指名の投手は先発での起用が多く、全力投球がしにくいこと、甲子園出場や代表チームへの参加などで投球数が増え、肩肘を消耗しやすいことなど、他にも考えられる要因はある。

 ただ、12球団の本拠地でさえ環境の統一がかなわない中、全国無数の球場やグラウンドを舞台に、手持ちのスピードガンで計測した数値となれば、誤差やバイアスが生じるのは当然だ。球速は有益で不可欠な情報だが、それが必ずしも「真の値」に近いものとは限らない点には、十分留意する必要があるだろう。

※データは2019年7月16日時点

文:データスタジアム株式会社 佐藤 優太