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プロ野球

【動画あり】君は元横浜ベイスターズ・渡部高史のカーブを見たか!? 短くも鮮烈な印象を残した変化球を約20年ぶりに投げてもらった




*現役時代の渡部高史さん。1972年生まれ、北海道出身。1990年のドラフト会議で横浜大洋(現横浜DeNA)から6位指名を受け札幌琴似工から入団。横浜からオリックス移籍を経てロッテに在籍した1998年限りで引退。(写真は本人提供)

――あの日見た変化球の名前を僕らは結局知らない――

 あのボールは一体なんだったのか。それは便宜上「カーブ」と呼ばれていた。だが、既存のカーブとは何かが違っていた。リリースの直後、手元に近い位置で浮き上がったと思った瞬間、ボールは重力を得た砲丸のようにドスンとベース版の前に落下する。

 1993年。その一年だけ輝きを見せた横浜ベイスターズ・渡部髙史の魔球「カーブ」。
その謎を解明すべく、取材班は奈良県は香芝市にある大商大のグラウンドに向かった。

 「よく覚えていますね。あのカーブは93年の一年間しか投げていないのに(笑)」

 44歳になった渡部氏は現在、運送業の傍ら吹田シニアで中学生たちをコーチしているという。年を重ねたとはいえ現役時の面影は色濃く残り、マンガ『ササキ様に願いを』で「見てわかるマン」と称されていたことをふと思い出す。


*44歳になった渡部さん。現在は運送会社を経営している

 「あのボールは周囲には“カーブ”と言われましたけど、完全に僕の思いつきではじまったボールなんです。中学2年生の時に、たまたまテレビの野球番組で“ストレートの回転は沈まないように揚力が働いている”という解説を見たんですね。それなら、逆の回転をすればボールは落ちるんじゃないかという発想で、手首を返してヒュッと抜く感じで裏から投げてみたんです。最初はあさっての方向へ飛んでいきましたけど、続けて投げていたら……落ちたんです」

 その時にもたらしたわずかな変化が中学2年の渡部少年の心をトキメかせたのは言うまでもない。以来、キャッチボールも遠投も常に裏から投げ続け、その軌道や変化などをつぶさに観察・研究していた渡部博士は、進学した札幌琴似工の3年生で“渡部のカーブ”を完全にマスター。軌道・落とす角度を自由自在に使いこなし、強豪・札幌第一との練習試合で14奪三振を記録。野球では無名の札幌琴似工から初のプロ野球選手が誕生した。

 「指名されたのは正直……迷惑でした(笑)。プロ野球はバケモノが集まる世界。弱小校からまぐれで入った僕が通用するわけがない。あのボールも高校だから通用しただけだと思い2年目までは封印したんです。解禁したのもたまたまで3年目の広島戦の最中に小谷投手コーチに『もう球種はないのか?』って聞れたので『一応、もう一個あります』と。バッターがピッチャーの長富さんだったので、『大丈夫かな……』ってヒュッと投げてみたんです。そしたら“ドゴォ~ン!と落ちた。アレ? とリプレイを見たら自分でもうわっと驚くほど落ちてる。『お前、なんやあのエゲツナイカーブは!!』って騒動になりまして……」

 スカウトはカーブの存在を現場に伝えていなかったのかよ!などツッコミどころはさておき、この年、渡部はこの“カーブ”を武器に中継ぎを中心に35試合に登板。防御率2.42と結果を残し、プロ初勝利も挙げるなど活躍を遂げたのである。

 名伯楽・小谷正勝をも驚愕させたその魔球を再現するべく、取材班は渡部氏に懇願してマウンドから投げてもらうことに成功した。
20年ぶりに封印を解いた“渡部のカーブ”その貴重な動画をご覧いただこう。

 いかがだろうか。
 このボールを投げたのは現役引退以来約20年ぶりだとか。とはいえ、ボールの軌道などから往時の輝きのカケラが見えてこないだろうか。

「今日の変化は5割ぐらいの出来じゃないでしょうか。このボールは投げ続けることで得られる感覚がすべてですからね。プロでも翌年以降は全然通用しなくなりました。フォームの問題なのか、ボールの質自体も落ちていましたし、研究されてクセが見破られたのか、空振りを取れていたボールが見切られるし、難なく打たれる。やっぱりプロ野球はすごい世界ですよ」

 94年以降“渡部のカーブ”はその輝きを急速に失っていく。95年にオリックスにトレードされてからはナチュラルに変化するストレートが武器となり、再び封印された魔球はその後、陽の目を見ることなく幻となった。


*魔球カーブの握り。「でも握りは本人が曲げやすい形でいいと思いますよ」(渡部さん)

「今、たまに中学生たちにこのボールを教えるんですが、あっという間に投げられるようになる子が何人もいるんですよ。球速はノロォ~ンという感じですけど、軌道はちゃんと縦になっている。すごいですよ今の子は。僕なんて最初、どこに行くかわからなかったですからね(笑)」

 近い将来、さらに進化を遂げた“渡部のカーブ”を武器にした投手が、再びプロ野球の世界に現れるかもしれない。

取材・文/村瀬秀信 編集/田澤健一郎