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高校野球

中谷監督初陣 智弁和歌山が二桁得点快勝【第91回選抜高等学校野球大会】

大勝で初戦を突破し、東妻(右)からウイニングボールを受け取る智弁和歌山の中谷監督=甲子園【写真提供=共同通信】


 平成最後の春、智弁和歌山のベンチには仁王立ち姿はなかった。

「仁王立ちするほどドンと構えてる気持ちではないので、ベンチ内ではオロオロしてます」

甲子園最多68勝監督、腕を組んで仁王立ちの高嶋仁氏が監督を勇退したのが昨年の夏。後を継いだのが、プロ野球経験者の中谷仁監督だ。

 この日は、アンダーシャツの腕をまくって、ベンチの右端で片足を前段に乗りあげていることが多かった。守りの時も指示を出し、打ち終わって戻ってきた選手に細かく声をかけた。ヒットが出たり得点が入ると拍手をして素直に喜んだ。
監督就任のちょうど1年前、2017年8月、母校に戻ってコーチをしているときに話を聞いたことがある。夏の99回大会の期間中だった。バッテリー中心に指導していて、ノックをしたりバッティングピッチャーを精力的にこなしていた。

 中谷監督は1997年の夏に智弁和歌山が初優勝した時のキャッチャーでキャプテン。その年、阪神にドラフト1位で入団し、楽天、巨人でもプレーした。現役引退したのは2012年。
「いつかは高校野球の指導者もしてみたい」という希望を持っていて、学生野球資格を取って時を待った。当時、高嶋監督に聞くと、「10年前から戻ってこいと言っていたんですわ」と言うから、後継者はこの男において他にはなかったのだ。

「ゲーム前のシートノックで東妻(純平捕手・3年)が緊張していて、自分も本当に緊張しました」と笑った初舞台。その新監督の甲子園初采配の相手は21世紀枠で選ばれた熊本西。

 熊本西の霜上幸太郎投手(3年)の立ち上がりの1、2回は素晴らしかった。伸びのあるストレートとカーブ、スライダーで智弁打線を1四球を与えたのみでノーヒット、3三振を奪った。チームは2回裏に2安打と併殺崩れの間に1点を先取した。

 だが、熊本西ペースはここまで。3回表に猛打が伝統の智弁打線が霜上を難なく捕まえる。
 1死二塁で打線はトップの細川凌平(2年)に戻り、そこから鋭い当たりのシングルヒットが4本続く。あっさり4点を取ってゲームの主導権を握った。
 4回表はさらに強烈だった。まず単打3本で2点、最初の長打となった4番・東妻のスリーランが飛び出すなど一挙大量7得点でゲームを決めた。

「エンジンのかかりが最近、遅いんです。1打席目から思い切り行こう、というのはチームの合言葉になってるんですが・・・。練習通りにということは言ってました。みんな、普段からやってることをやろうと、ベンチ内で言葉が飛び交っていたので、安心してました」

 中谷体制になって、秋以降の練習では自主練習が増えたという。
西川晋太郎遊撃手(3年)がいう。
「高嶋監督の時は1時間ぐらいしかできなかった自主練習が今は2時間ぐらいになりました。18時以降は自由なので休んでもいいんですが、みんな各々、2時間はやっています。僕は送球練習を中谷先生の指示ではなく、自分で考えて工夫してやってます」

 個人それぞれが自ら考え、課題に取り組む。一つの中谷流だ。打撃練習のフリーバッティングも必須事項ではないのだという。各自が欠点を見出して必要な打撃メニューをこなす。

久保亮弥生外野手(3年)も言う。
「最初は何をしていいのかわからず、戸惑いがありましたが、自分で何が課題か考えるようになりました」

 それが3、4回の連打に繋がった。
「僕は何も指示を出してません。一回り目の結果を振り返って、子供達が考えて対応してくれた」
 監督は嬉しかったのだ。根拠があって理由があって、思考を巡らし備える。そして結果に結びつける。中谷カラーがこれからたくさん、見えてくるだろう。

「プロも高校も同じ野球です。僕は一流でもなかったし、プロでも成功しなかったけど、工夫はいっぱいしてきました。そんな指導はできるかなと思います」
 2年前のこの言葉が実践されている。

「ウイニングボールはもらいました。でも、勝ち負けより、普段やってることが出せるかどうか。それが大事だと思うんです。高嶋監督野球を継承します。智弁和歌山のカラーですから。そして気の利く選手、気づくチームになっていってくれれば。優勝という去年より上の目標を掲げているので、そこに向けて準備したい」

 目標達成ということになれば、高嶋氏より早く優勝監督になってしまうが。
「68勝? 偉大な数字すぎて」
そして続けた。
「今日は僕の1勝でもないと思う。これまで子供達がこれまで一生懸命に走って、バットを振ってきたからです。その結果の1勝です」

 コーチ時代のこんな言葉が重なった。

「子供達にとって日々の練習も練習試合も苦しい思いしかない。ただ、全体の1パーセントか2パーセント。全ては甲子園に出て、勝つために試練を乗り越える。子供たちと一緒に喜べることって、なかなか、ないです」

「試合前に高嶋先生からバナナの差しれがあった」という。

 ともあれ、「勝ったので100点」。13対2の快勝の味はバナナのように甘かったに違いない。

(文・清水岳志)