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高校野球

強豪東邦を追い詰めた、 富岡西のノーサイン野球【第91回選抜高等学校野球大会】

富岡西―東邦  1回戦で敗退し、ベンチ前に整列する富岡西ナイン=甲子園 【写真提供=共同通信】

近年の野球で流行っている「フライボール革命」。ハイテク機器を使ってデータを取ってみたら、ホームランや大きな打球で攻めた方が勝利に近づける。そんな野球とでもいっていいだろうか。確かに高校野球でもホームラン数は増えて、パワーヒッターは花形でもある。
「うちは今の流れに逆行してます」
 こう言うのが、21世紀枠で出場した徳島、富岡西の小川浩監督だ。
 4日目第3試合、東邦と対戦して、昨年秋の東海チャンピオンと堂々と渡り合った。

 東邦には今大会、最高のバッターと言われる石川昂弥(3年)が君臨する。1年春からスタメン出場して、秋の東海大会(準優勝)で打率・429、2本のホームランを放った。2年のセンバツでも3番。夏の県大会は決勝で敗れるが打率・737と驚異的。キャプテンになった秋の公式戦は打率・474、7ホームランとセンバツ出場の原動力となった。
 185センチ、87キロ。投げても大黒柱で「秋の最高殊勲選手はピッチャーとしての石川」と森田泰弘監督が評したほどだ。
東邦のグラウンドの外野には10メートルのネットがあるが石川のフリーバッティングはそれをものともしないという。チームメイトの長屋陸渡(3年)が言う。
「バッティング練習でネットを軽く越えていく。練習試合でも何本、ホームランを打ったことか」

 富岡西の小川監督は「石川君は別格。彼の前後をどう抑えるかが鍵になる」と言うのがゲーム前の勝利のプランだった。
 富岡西のエースは浮橋幸太(3年)。1年秋からエースで2年夏に4強に残る。昨年秋の公式戦は7試合すべてに完投。四国大会で2勝して四国の21世紀枠の推薦校になって、初の甲子園出場を果たした。
 浮橋は奮闘した。9回を通してボールが低めに集まった。ストレートは130キロ台後半だが120キロ前後のスライダー、チェンジアップ、100キロ前後のカーブも効果的だった。石川には2打点を許すが、前後のバッターは見事に抑え込んだ。
 小川監督が褒める。
「浮橋はよく投げましたね。点をやらない投球をしてくれた。後半まではうちペースだった。夏につながる手応えを感じました」
 結果を言うと3対1で東邦が接戦を制したが、富岡西が食らいついた好ゲームだった。

 話を最初に戻す。
「時代に逆らう」という富岡西の野球とは。基本は「ノーサイン野球」にある。自分たちで状況に応じて考えて打つ。そして対応力をつける。
甲子園の本番間近、ランナーをつけてケース打撃はしたが、フリーの打撃練習はほとんどしなかったそうだ。なぜか。
「ただ、自由に打つだけで終わるから。バッターは状況を考えて逆方向へ打球を転がすことが、うちの基本なので」(小川監督)
 良し悪し、賛否はある。でも、それが富岡西なのだ。

 もちろんこの日もノーサインだ。6回表にこんなシーンがあった。
 一死から4番の吉田啓剛が死球で出る。5番・安藤稜平は3球目、ライト前へのエンドランが決まる。
走者の吉田が振り返る。
「サインではなくて自分の判断です。一、三塁の場面を作りたかったので走りました。(右翼手がかなり前に出ていたが)チャンスは少ない。あそこは勝負をかけないといけない場面。三塁コーチの日下(龍我・3年)も腕を回していたので思い切りいけました。コーチと考えが一致して成功したので最高でした」
バッターの安藤の思いも同じだった。
「一、三塁の場面を作りたかった。ランナーが走るのが見えたし、自分も逆方向を狙っていました」

 チャンスは続く。安藤は6番・山崎光希の時に盗塁を企てる。
「一、三塁になった後の盗塁も自分の判断。スタートが悪かったので挟まれました。その間に三塁ランナーが返ってくればと思った」
 結果は挟殺プレーになったが、二人のランナーで野手を牽制しあってオールセーフ、二、三塁にするのだ。
 ここでの小川監督の解説が面白い。
「何を考えたんですかね(笑)バッターとのエンドランだったのかなぁ。転がしたら三塁ランナーはゴロゴーでホームに来るのかな。どんなイメージだったか聞いてみないと」
結局、山崎のショートゴロで三塁走者の吉田はホームに突っ込んでタッチアウトになったが、7番の木村頼知がツーベースを放ってこの日、唯一の得点を挙げて同点に追いついた。
「打者と走者の連携ですね。僕は何もしてない。変幻自在は言い過ぎかな。縦横無尽に子供達はやってくれました」と小川監督は喜んだ。
悔やんだのは8回のライトライナーで併殺になったところだ。
「ライナーになってしまいましたね。転がして欲しかった。うちは叩いてゴロを打つ練習をしてきた。時代と逆行してるんで。思ってるところに転がせられる打撃をもっと磨きたい」
 そして、ファーストストライクを打たないことを問われた。
「待球作戦でもないんですが、ピッチャーはボールを見られると嫌だと思うんです。好球必打で遠くに飛ばせの時代と逆行してます、すみません(笑)大きな打球を打てる者は二人ぐらいですから。セオリーは我を出すな。好き勝手に打ってフライになったら終わっちゃいます。野球はチームでするもの。チームプレイの野球をしたいんです。一丸になって強豪私立にかかっていきたい」

 ノーサイン野球は将来も見据える。
「もどかしいというより、お前、すごいことするなと驚いてばかりです。社会に出た時に生きると思うんです。こういう時はこんな選択がいいなとか、自由な発想ができる。彼らは楽しくて仕方ないんじゃないかな。面白いと言って卒業していきますよ。サイン通りだと指示待ち人間になってしまう。今は考える力を求められている世の中。主体的に動ける人間。社会に巣立った時に独創性豊かに活躍して欲しいなと思うんです」
局面の打開には失敗もある。でも、選手は大舞台を楽しんでいた。

(文・清水岳志)