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プロ野球

大谷翔平の「エンジン」は既に五輪金メダリスト級!?
研究者が語る大谷のストレートの凄さと課題


写真/日刊スポーツ

 WBCは辞退となってしまったが、大谷翔平が現在のプロ野球を代表する選手であることには間違いない。昨年10月に叩きだした日本最速となる165km/hのストレート。今年23歳になる怪物は、170 km/hも出してしまうのではないか——そんなことを思わせてくれる唯一無二の存在である。

 では、そんな大谷が160 km/hオーバーを連発できる要因はなんなのか。バイオメカニクス(生体力学)の専門家で、プロ野球球団にもアドバイザーとして参画、現在は國學院大學で教鞭を執る神事努氏の力を借りて、その秘密に迫りたい。

 神事氏がまず注目するのは、大谷の恵まれた身体だ。
「やはり、身体的なポテンシャルが非常に高い。身体が大きい分、必然的に筋肉量が多くなりますし、それに加えて最近はさらに筋肉量を増やしているので球速が上がっている。筋肉は車で例えるならエンジンに相当しますから。エンジンが大きいほど、出せる力も大きくなります」
 身長193㎝、体重は今オフ100㎏に達したという報道もある。その体格ゆえ、筋肉量の絶対数も高くなりやすい。
「スピードボールを投げるには、体幹から肩、肘、手首、手を動かしていき、最終的にボールにエネルギーを伝える必要があります。そのエネルギーを生み出すために、大きく影響するのが筋肉量。大谷投手はその絶対量が多く、さらに身長が高い分ステップの幅が広く、その分だけボールに力を加える距離が長くなり、力学的にいう‶仕事量″が増えていきます。飛行機の滑走路が長い分だけ助走を長くとれることに似ているのではないでしょうか。同じ力で加速しても距離が長い分、最終的にエネルギーが大きくなるということです。さらに大谷投手は、腕を振り下す動き、いわゆる‶肩の内旋運動″の速度がすごく利いているように見えます。プロ入り以降、そのスピードは確実に上がっている印象です。このように内旋の動きが速く、かつ身体が大きいので加速する距離が長い。その分だけスピードが出るのだと考えられます」

 そして、大谷の比較的クセの少ないフォームは、そのパワーを大幅にロスすることなくボールに伝えられるため、160km/hという数字を記録できたと思われる。

 かつて球界には「身長190cmを超える投手は大成しない」というジンクスがささやかれていた。それは大きすぎる体をもてあます、すなわち上手に使いこなせないのもひとつの理由と考えられる。しかし、トレーニング理論が進化した現在は、かつてより効率よくムダのない筋肉を身につけることができる。さらに体をバランスよくスムーズに動かす神経系のトレーニングも広まったこともあってか、190cmを超える身長の持ち主でも、プロ野球で活躍するケースが増えた。そうなれば規格外の身体は大きな武器だ。その視点で考えると、大谷の160km/hを超えるストレートは、時代が生んだ必然のようにも思える。

 ただ、一方で164㎞/hのボールなのにヒットを打たれたこともあるなど、ストレートが‶意外と当てられる″ことが議論の的にもなっている。
「私が画面で見る印象でいうと、大谷投手のストレートは、ホップ軌道ではあるものの、ホップの量は大きくなくプロの投手ならば平均的。球速の割に打者の手元で過度な伸びはないように見えます。
となると、ボールの回転の軸は、きれいなバックスピンではないのかもしれません。ボールの進行方向に対して直角の逆回転ではなく、やや斜めに回転がかかっているのではないでしょうか。その分、上方への揚力が少なくなり手元での伸びが少ないないことが考えられます」

 神事氏は投手のストレートや変化球の軌道をトラッキングシステム(追尾システム)によって解析する研究も行っている。結果、同じストレートでも投手によってボールの軌道はホップ傾向、垂れる傾向、横に動く傾向など違いが細かく出てくるとのこと。その点でいくと大谷のストレートはホップ傾向ではあるが、それの量が小さめに見えるという話である。

「たとえば同じホップ傾向ならドジャースの前田健太投手はホップの量が大きい。しかし、これは大谷投手の身長が高いことも影響しているかもしれません。193cmですから、ほとんどの打者に対して『投げ下ろす』ことになるので、そもそも打者から見るとホップ軌道に『見えにくい』可能性があります。もし身長の小さな投手が、現在の大谷投手と同じストレートを投げれば、同じ軌道なのに打者は大谷投手のストレートよりもホップしているように感じるかもしれませんね」

 しかも、打者には「大谷のストレートは160 km/hを超える」という事前情報もある。打者はボールが予測やイメージと違う軌道であればあるほど空振りしやすい。その点で大谷の160 km/h超えのボールは、160 km/h台ではあるが、現状、打者の予測、イメージする範囲の軌道に収まっており、準備をすれば比較的タイミングを合わせやすいボールなのではないだろうか。
「ただ、身長の話、『見え方』でいえば、もし仮に大谷がメジャーに行けば、大谷クラス、あるいはそれ以上の身長の打者もたくさんいますから、日本よりもメジャーの方がホップ軌道に感じさせやすくなる可能性はあります」

 いずれにせよ、大谷の160 km/h台のストレートは、まだまだ進化の余地があるということ。今後、ボールの回転が変化していけば……これはこれで恐ろしい話である。
「大谷投手のポテンシャルを考えると、今の能力はまだマックスではないと思います。彼の体重と体脂肪率から考えて、徐脂肪体重(全体重から脂肪の重量を除いた数値)は約85㎏。これは既に五輪金メダリスト並みの筋肉量です。そのエンジンの大きさは、五輪のハンマー投げで金メダルを獲った時の室伏広治さん並みといっても過言ではありません」

 野球は瞬発的で、高いパワーをある一定の間隔で出し続ける運動が多く、必要とされるタイプの筋肉は、槍投げやハンマー投げなど投擲系のタイプに近いといわれる。上記の室伏氏は、現役引退後、いかにも素人なフォームにも関わらず、プロ野球の始球式で130km/h台のボールを投げたことは知られた話だ。そう考えれば、野球の動きのプロである大谷が160km/h台のボールを投げられるのも納得がいく。ただし、大谷はまだ22歳である——人類最速の男。その称号が大谷に与えられる可能性は、十分にある。

インタビュー/キビタキビオ 構成/高橋ダイスケ 編集/田澤健一郎