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“予測できる割合”が格段に増加―DeNA筒香嘉智、知られざる進化の裏側・後編


44本塁打、110打点をマークし、セ・リーグ打撃2冠王として終えた2016年。“ハマの4番”DeNA筒香嘉智は、ようやく自分の目指すものをつかみ始めたという。つかみかけた感覚を逃さないため、より確実なものにするために、昨年12月は大阪で週6日をトレーニングの時間に充てた。

■筒香を成長へと導く2人の師、「内と外の統合」とは

 44本塁打、110打点をマークし、セ・リーグ打撃2冠王として終えた2016年。“ハマの4番”DeNA筒香嘉智は、ようやく自分の目指すものをつかみ始めたという。つかみかけた感覚を逃さないため、より確実なものにするために、昨年12月は大阪で週6日をトレーニングの時間に充てた。

 さらなる高みを目指す25歳がテーマとするのは「内と外の統合」。野球人として、身体の内部で発生する動きを、いかに無駄なくバットに伝えるか。人間として、自由な心で見る目・聞く耳を持ち、内面に深みと幅を持たせることで、いかにチームを引っ張り、子供たちに夢を与える存在であれるのか。

 筒香の取り組みを支える2人の“先生”がいる。中学時代に所属したボーイズリーグチーム、堺ビッグボーイズで出会った矢田接骨院の矢田修一氏と視覚情報センターの田村知則氏だ。2人の師の言葉をヒントに、筒香が掲げるテーマを紐解いていきたい。

 大阪に視覚情報センターを開設する田村氏は、質の高い目の使い方を提唱するビジョン・トレーナーだ。長年オリックスや京都大アメフト部などのスポーツ・ビジョン・アドバイザーを務め、マーリンズのイチロー選手もオリックス在籍時に田村氏の元を訪れている。その他、先日現役を引退した“走塁のスペシャリスト”鈴木尚広氏、阪神に移籍した糸井嘉男選手ら野球選手に加え、テニス選手やアメフト選手など、質の高いパフォーマンスを目指す数多くのアスリートが目の使い方を学ぶために師事している。

 質の高いパフォーマンスを引き出す目の使い方とは、一体どんなことだろう。

 人間の動きの大半は「目」から始まると言っても過言ではない。目を通じて入力された外界の情報を、脳が意識や心を使って処理し、神経を介して発せられた指令に従って、骨や筋肉が動く。つまり、目から入る情報が動きのきっかけとなる。いくら立派な身体能力を持っていても、目から入る情報なしにその能力は生かせない。スポーツ選手の場合、目から入る情報に対して、より速く正確に身体が反応することが、パフォーマンス向上のカギとなる。それと同時に、もう1つ改善できるのが、目が情報を入力する速さだ。

 田村氏によると、人間には2つの物の見方がある。1つは「脳・意識を使った見方」、もう1つは「感じて反応する見方」だ。例えば、机の前に新聞があるとしよう。そこに印刷された文字を読む時に使うのが前者で、机の上に置かれた新聞という風景として捉えるのが後者だ。どちらの見方が速く目に情報として入力できるかというと後者。前者は、意識して文字の意味をつかみにいく分、時間のロスが生まれる。つまり、スポーツ選手であれば、後者の見方が好ましいと言える。

■筒香が重ねる試行錯誤、「『ああ、あかん』って見方を変える感じ」

 では、どうしたら「感じて反応する見方」を身につけられるのだろう。田村氏は「ここで目を『外の目=ハードウェア』と『内の目=ソフトウェア』に分けて考えると分かりやすいんですよ」と話す。

「外の目というのは、いわゆる視力。人間は2つの目とその周りの筋肉を使って網膜に画像を映して空間を認知する。その機能を指します。F1レースに例えるなら、エンジンや車体といったハードウェアの部分。ここに問題があれば、それを整える必要があります。

 内の目というのは、見方を決める意識や心のこと。F1で言えば、車を動かすドライバーとそのテクニックです。外の目というハードウェアの動きを決めるのは、意識や心、つまりソフトウェアなんですね。ドライバーの腕が悪ければ、近視になる見方、乱視になる見方、病気になる見方をして、何も問題のなかったハードウェアに問題が生まれる。逆に、ドライバーの腕がよければ、ハードウェアが持つ本来の機能以上のものを引き出すこともできる。

 だから、感じて反応する見方ができるようになるかは、内の目次第なんですね」

 打席に立った時に、この「感じて反応する」見方はどう応用されるのか。向かってくるボール1点を集中して見た場合、2つの目がロックされて視野が狭くなり、身体全体に力が入ってしまう。身体が緊張した状態から目で情報を入力しても、身体は瞬時には動かない。より速く反応して動くためには、身体が緊張していない方がいい。そのためには、2つの目をボール1点にロックせず、広くピッチャーがいる風景として全体を捉える見方をする必要となる。この見方を変えるのは内の目=意識や心となるわけだ。

 筒香も打席に立った時は、ピッチャーを風景の一部として見るように心掛けているという。視野に入るのは投手だけではなく、ボンヤリとだが、広くは右翼手の守備位置まで入ることもあるそうだ。

「最初は田村先生がおっしゃってることが、なかなか実践できなかった。いまだに打席に立った時に力むこともあります。特に『打ちたいな』って思ってる時は、意識を使ってガッと見にいってしまう。そんな自分に気が付いて『ああ、あかん』って見方を変える感じ。こういうことは、まだまだありますね」

■今を見て先を予測、「日常の過ごし方がトレーニング」に

 これまで田村氏は1000人以上のスポーツ選手と接してきたが、野球選手にアンケートをとると、ある傾向が見られるという。

「7割くらいの打者は、好調な時にボールがゆっくり見える、と答えています。ピッチャーはキャッチャーが近くに見えるって言うんですね。そうに感じて見ているのは『目』そのもの。だったら、目がそういう見方になるスイッチを持っていればいいんです。これは視力や動体視力計を見る能力では左右されない見え方。何がスイッチになるかというと、意識とか精神とか内面が非常に関わってくるわけです」

 よく野球では「ボールを目で追う」という表現を使うが、実際に時速150キロの速さで動くボールを目で追うことは難しい。「ボールを点として目で追いかけて『今だ!』と思って動いても遅い。外の目が網膜に今を映し出したとしても、内の目はその先を予測しなければならない。今を見て、未来を見るということ。つまり、外の目と内の目の連動が非常に大きな役割を果たすわけです」と、田村氏は話す。

「例えば、ボールペンを真横から見た時、外の目は真横から見た映像を網膜に映す。でも、内の目=心の目を使えば、横からの映像だけではなく、上からの映像、反対側からの映像を予測して見ることができる。さらに広げれば『あの店で買ったな』とか『誰が使っていたな』ということまで見えてくるわけです。だから、内の目を自由に広げられれば、今を見て、先を見る・予測することもできるんですね」

 武術で言う「心眼」が、これに近い感覚だろう。野球に置き換えれば、今を見て、先が予測できた時に、打者はボールがゆっくり見え、投手は捕手が近く見える、というわけだ。日常生活でも、今を見て、先を予測して行動できる人がいる。「気が付く」人、「気を配る」ことができる人、だ。

「野球をやってボールの未来を見ようとするだけでは、内の目は自由にはなりません。日常生活の中で、今のやりとりをしながら未来を見る心掛けをする。日常の過ごし方がトレーニングなんですよ」

■予測できる割合は着実に増加、「3年前に比べたら圧倒的に増えてきました」

 2015年から主将に任命された筒香は、チームが連敗した時に選手間のミーティングを開いたり、スランプに落ち込む後輩に声を掛けたり、気配りのできる人物として信頼が厚い。「ラミレス監督になって、キャプテンとして求められる役割が明確だったのでやりやすかったです」と話すが、主将としてチームをまとめる経験が、自身の「内の目」を養うトレーニングにも一役買ったようだ。実際、2016年シーズン、筒香は打席の中で、今を見て先を予測できる割合が増えてきた。

「2015年はピッチャーが球を投げた瞬間に『これはホームランだ』って思えたのは5打席くらいだったんですけど、2016年にはちょっと増えた。それ以上に『これはボールや』って思う回数は、3年前に比べたら圧倒的に増えてきましたね。ボール球に手を出さなくなったというか、最初から振る気が起きない感じです」

 物の見方・見え方という点でも、筒香は「内と外の統合」が進みつつある。

 筒香を支える2人の“先生”、矢田氏と田村氏の教えは、それぞれ「身体」と「目」と入り口は違うものの、「内と外の統合」という根本は一致している。身体能力や運動能力、打撃技術という外面だけではなく、意識や心、考え方も含めた内面にも目を向けることで、野球選手としてのパフォーマンスが向上し、人間としての幅と深みが増す。

 2冠王で終えた2016年。大きな目標を達成したかのように周囲は称賛の声で溢れかえるが、「内と外の統合」をようやく感じ始めた筒香にとっては、まだまだ序章。パフォーマンスを最大限に発揮するためのスタートラインに立ったに過ぎない。

 自分に対する限界を作らないためにも目標設定はしない。常に高みを目指しながら、少しずつ階段を上り続けるだけだ。少し先にはどんな世界が見えるのか。その風景を楽しみにしながら、今日も地道にトレーニングを続ける。

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