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2018.09.08 08:26
進化を続けるKEIO
27年ぶり連覇の理由と46年ぶり3連覇への秘密兵器
投手陣の育成&改革に成功
「陸の王者」が勇ましい。昨秋、7季ぶりのリーグ制覇を果たした慶大が、今春も混戦を制して27年ぶりのリーグ連覇を果たした。そして今秋、1971年秋から72年秋以来46年ぶりのV3に挑戦する。
創部130年の伝統を持つ慶大野球部。都市対抗3度の優勝を誇るアマ球界きっての名将 大久保秀昭監督率いる現チームには、主将の河合大樹(4年・関西学院)、正捕手の郡司裕也(3年・仙台育英)という“軸”がいるが、東京六大学の他大学と比べて決してスター選手が揃っている訳ではない。高校時代に甲子園出場を経験した部員の数は、明大、法大、早大、立大の3分の1程度。その意味で、大学入学後に「成長した」選手たちで成し遂げた連覇と言えるだろう。
近年の「成長度」を見ると、特に投手陣が顕著である。2016年春にチーム防御率4.01だった慶大投手陣は、今春はチーム防御率2.08を記録。その内訳を見ると、完投勝利を挙げた投手がおらず、リーグ最多の計10人(先発は計5人)を起用した中で、同じくリーグ最多の5人が勝利投手となった。一人の投手に頼ることなく、投手陣全体として好成績を収めたのだ。そこには、選手一人ひとりをリスペクトする大久保監督のチーム作りと巧みな継投策に加えて、就任3年目を迎えている林卓史助監督の存在がある。
慶大の投手として東京六大学通算21勝を挙げ、卒業後は日本生命で5年間プレー。慶大コーチから朝日大のコーチ、監督を務めて2016年春に“古巣”へ戻ってきた林助監督は、復帰当初のことを振り返る。「加藤(拓也、現広島東洋)以外はひどい状態だった。最低でも140キロ台を投げないと東京六大学では抑えられない。でも140キロ以上を投げられるのは加藤だけだった」。その分、課題は分かりやすかった。球速アップ。「140キロ+サムシング(変化球)」を目標に掲げ、普段の練習から球速を欠かさず計測した。すると「測れば測るほど投げられる人数が増えて行った」と目に見える成果が表れた。
「測ることの効果は絶大でした。僕の主観や選手の感覚ではなく、客観的な数字をハッキリと示すことで、選手たちが自分の力を知ることができた。自分の現在地が分かれば、目指すべき目標も定まる。目標達成のために何をしなければいけないかを考えることができる」

林助監督(写真)の指導で、データに基づいた意識改革を図る慶大ナイン
新兵器「3Dトラッキングシステム」の導入
さらに昨年の2月、「ボールの回転数も測りたい」と、投球の速度、回転数、軸の傾き、変化量など、詳細なデータを取得できる最先端の機器「3Dトラッキングシステム」を導入。ブルペンに設置し、毎日欠かさず球速とボールの回転数を図り、データを取り続けた。
「スピードはそれほどでなくても空振りするストレートを投げていたピッチャーのボールの回転数が高いことが実際に数値で出てきたことで確信しましたね。目標は『140キロ、2300回転』。そのボールを投げることができれば絶対に抑えられる」
良いボールとは何か。その「何か」が数字で明確となり、「良いボールを投げられれば試合で使う。例え失点しても、良い球を投げることができていれば、次のチャンスも与える」と起用の基準も可視化された。入部したばかりの投手の中には「けん制、フィールディングの上達」を目標に掲げる者もいたというが、「まずは良いボールを投げること。それが基本」と林助監督。そして、自分の感覚だけでなく、データとして「良いボール」と証明されることで、自分のボールに自信を持って投げることができるようになった。
「バッターから逃げなくなりましたね。このボールを投げれば、打たれる訳がないと勝負できるようになった。ピッチャーが自分のボールに根拠を持てるようになった。だから最近は『逃げている』とか『かわしている』、『向かって行ってない』と言われることがなくなった」
慶大グラウンドのブルペンでは、投手がボールを投げる度に「球速」と「回転数」が告げられる。林助監督が「今秋はチャンスがある」と期待する太田力(4年・桐朋)も、その効果を実感する一人だ。
「感覚として『指にかかった』というボールは、実際に回転数も高い。データで出るので分かりやすいです。他のピッチャーの数字も分かるので、自分はどういうピッチャーかも改めて分かるようにもなりました。僕自身、球速も上がりましたけど、回転数もそれまで2150回転ぐらいだったのが、2350回転まで出るようになった。最初は半信半疑だったんですけど、その数字と自分の感覚、結果が一致するようになって、自信を持てるようになった。今では投手陣全員が当たり前に回転数の話をしていますし、全体としてレベルアップしていると思います」

投手の球の回転数などが明確に分かる機材を導入した
チャレンジ継続、打線も進化できるか
慶大投手陣の今秋の目標は、春に惜しくも逃した「U2」(チーム防御率2点台以下)だ。同時に、リーグ3連覇のためには、打線の爆発も必要になる時があるだろう。チームはさらなる進化を追い求めるために、今年の8月に打球の速度、角度、回転数、回転軸、軌跡などを計測できる打撃用の「3Dトラッキングシステム」を導入した。データ担当の永田晃大(2年・岐阜北)は、この新たな試みに期待と手応えを感じている。

46年ぶりの3季連続優勝に向けて、最先端の技術を取り入れる林助監督
「投手のボールと同じで、打者の打球の数値もハッキリと出るので、選手たちにとっても目安になる。メジャーのアーロン・ジャッジ(ヤンキース)の打球速度が190キロ台ですけど、うちのチームでは郡司が160キロ台を出せるぐらい。目標は160キロ台をコンスタントに出せるようになること。ただ単に打つだけじゃなくて、打球速度を測りながらフリーバッティングをしているので、練習時の意識もだいぶ変わったと思います。その成果がこの秋に出れば、僕としてもうれしいです」
今秋の打線の目標の一つに「2ケタ本塁打」を挙げるが、その目安、手段として打球速度160キロがある。データによる目標設定による成長は、投手陣で実証済み。だた「打て!」、「強く振れ!」というのではなく、「160キロ」という目標があることで、より変化が分かりやすくなる。今秋のリーグ戦開幕を前に、林助監督は楽しげに話す。
「自分の指導法、コーチングも昔とはかなり変わりましたね。それが面白い。そもそも野球選手は19歳、20歳になって、ようやくモノの考え方が分かって、身体もできあがる。絶対にここから伸びるはずです。『野球選手の人生は13歳で決まる』とも言われますけど、僕はそんなこともないと思う。それをうちの野球部が証明したい。選手たちの意識もだいぶ変わりましたし期待しています。六大学には大学野球界を先導する義務があると思っていますし、慶應義塾は常にチャレンジしないといけない。新しいものをどんどんやって行く方が勝てる。新しいものにチャレンジすることで、3連覇するチャンスが出てくると思っている」
人は、常に成長することができる。最先端の機器を導入し、選手の意識が変わり、チームは確実に強くなった。だが、まだ進化の途中。まだまだ成長の余地を残している。46年ぶりの3連覇が、その証明になる。