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2018.09.04 07:50
U18アジア大会 コールド発進
根尾がサイクルヒット 猛打の口火
根尾昂が重苦しい雰囲気を切り裂いた。
台風21号が近づいていて海からの湿った風が絶え間無く吹き付けていた。センター方向、バックスクリーン奥の山は朝から黒い雲がかかっていて、今にも霧が麓まで降りて来そうで突然、激しい雨も叩きつけた。
宮崎のサンマリンスタジアム。太陽が燦々とふりそそぐ南国の地のはずだが、この日はどんよりとした蒸し暑い気候だ。
第12回U18アジア野球選手権大会が開幕した。開幕戦は格下相手とはいえ、緊張もするし慎重になる。案の定、日本は初回、天候のようにスカッとしない。三者凡退に終わった。
永田裕治監督が言う。
「最初、重かった。硬いかなと」
相手の香港チームのピッチャーの遅いストレートを力んで、先頭の小園海斗はサードへのファールフライ。奈良間大己はバットを折られてサードゴロ。中川卓也は詰まってショートフライと散々な内容だった。二回、4番の藤原恭大が四球で歩いて、根尾が初球をサード横を鋭く抜いてスリーベース。先取点をあげた。
「根尾がレフト線を破ってくれて活気づいた」
永田監督の胸につかえていた蒸し暑さを根尾が吹き飛ばしてくれたに違いない。
根尾は大阪桐蔭のナインの間からは『根尾さん』と畏敬を持って呼ばれている(ちなみに代表チームでは『根尾様』と呼ばれることもあるとか)。
野球に対する真面目な姿勢を誰からも一目置かれる。練習の手を抜かない。むやみに笑わない。無駄口を叩かない。それが直向きで真摯なプレーに現れるのだ。
最初の打席、ボールを引きつけておいて左に流す。根尾得意のバッティングだった。
「第1打席から意識は逆方向です」
根尾は次の打席も圧巻。今度はやっぱり引き付けてコースに逆らわずに引っ張る。ライトポール際にライナーで打ち込んだ。
初回の三人とは違い、根尾は気持ちがはやることもなく、気負いも見せず、平静に打った。
根尾の『根尾さん』たる所以。あるスカウトと話していて、こんなことを言っていた
「根尾のいいところは心が揺れないことなんです。動じないんです」
このスカウトのコメントが腑に落ちた言葉が根尾のゲーム後の会見の中にあった。
「香港のピッチャーはボールが遅いだろうと。120キロぐらいかなと思っていましたが、実はもっと遅かった。でも、驚かず、平常心でいつも通りに。遅いボールでも引き付けてというのは甲子園中も遅いピッチャーはいましたし、普段からやっていることなので」
根尾の集中力は日々の生活の中に根付いているものと言っていい。それは勉強に関しても短い時間を有効に使うために集中するそうだし、投手もやり、中心野手としてバッティング練習を疎かにするわけにはいかない。時を無駄にしないという心がけから生まれてきているのだ。
スカウトがこんな論評もしていた。
「例えば小園はまだ、ムラがある。打ちたい気持ちが強過ぎて手痛い空振りがあるんです。根尾は上のレベル、プロや大学の世界でも練習をとことん突き詰めるでしょう。いつも自分に納得しないんじゃないかな」
もちろん、断っておくが、小園にも根尾より優れている点はあるし、今後、根尾を凌いでいける点はいくつもある。
根尾は常に言う。
「ヒット以外の打席は打てなかったわけですから、そこは反省しないと」
4打席目までにスリーベース、ホームラン、シングルヒットを打った。さらに付け加えるなら、それらはすべて初球。サイクルヒット達成に残ったツーベースはどうなるか。もし初球をツーベースしていたら。四回目の打席のしかも4球で達成というちょっと趣のある記録だ。
しかし、そうとはならないのも野球。4打席目は初球ボール。そして3球目をスイングをしたが、ファースト横へのゴロのファールだった。結局、フルカウントからレフト前のヒット。野手が弾く間の隙を見てツーベースにした。手を抜かないランニングだった。
日本の先発は野尻幸輝。前日の朝食の前に永田監督から告げられたそうだ。
永田監督は「テンポがいい。コントロールがいい。変化球もいい。打たせてとることができる。野尻のことは信頼してるので」と言った。
本人も先発を意気に感じたようだ。
「開幕の先発は光栄なこと。監督に期待されているんだなと思って嬉しかった。打たせてとる自分のスタイルのピッチングができた。監督とも信頼関係ができていると思う」
二人とも、打ち合わせたわけではないだろうが、『信頼』という言葉を使った。
結果的に野尻は打者9人に対して、7奪三振。投げたのはストレートとスライダーだけで、合計26球という少ない球数。自分のスタイルを守りつつ、完全に抑え込むことができた。
奥川恭伸、市川悠太という二人も今後、球数制限で連投を避けなければいけないという事態にならずに試運転が出来た。永田監督は「二人の調子が上がってこなかったので、投げさせた。いい内容だった。これから楽しみ」と一安心しただろう。
26対0。5回コールドゲーム。実力差は如何ともし難いものだった。だが、野球を通して交流はできたはずだ。香港チームがフライトを取る、ゴロをファーストでアウトにすると観衆から拍手が起こるシーンがあった。
また、スリランカチームの監督は公式会見で、「いい球場で野球が出来て嬉しい」と言った。スリランカの監督、選手の言葉はスリランカ語、英語、日本語に訳されて伝えられた。試合で勝敗は決するが、優劣を超えて、友好を育み、敬意を表し野球の魅力を発信する。宮崎の地からそんなメッセージを届ける大会が始まった。
(文・清水岳志)