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高校野球

九回裏猛攻撃も 花咲徳栄の連覇ならず

「9回はアウトになるな。とにかく4番まで回せ」
岩井隆監督は攻撃が始まる前に、そう、指示をしたという。
 9回表を終わって、8対6。

横浜・遠藤圭吾遊撃手は守っていて不安がよぎった。
「終盤、追いつめられるということは想定していた。県大会でも9回の守備で失点することが多かったので、何かあるなと。逆転までいくのではないかとも思いました」
横浜は南神奈川大会の準決勝、星槎国際湘南戦で9回に4失点、決勝の鎌倉学園戦でも9回に3失点というイヤなデータが実はあった。

8回、横浜は板川佳矢投手が連打を浴び1死一、二塁。このピンチにリリーフした黒須大誠が二者を打ち取り、見事に火を消した。しかし、その黒須が最終回に突然、乱れる。
花咲徳栄の前回優勝校というプライドをかけた最後の攻撃が始まった。
 
 9番の田谷野拳世が死球、1番橋本吏功がフルカウントから四球、1死後、3番の韮沢雄也もフルカウントから四球で歩いて1アウト満塁となった。岩井監督の言葉通り、4番の野村佑希に打席を回した。
 野村は6回、追撃態勢に入る高校通算58本目となる2ランを放っている。野村は去年、4番一塁手として2戦連続ホームランを打つなど優勝に貢献した中心選手。今年も1回戦の鳴門戦でソロホームランを放って、2大会連続で計4本のホームランを記録してきた。そのバッティングはプロも注目している。

 岩井隆監督は野村に大きな期待をかけてきた。
「野村の4番でエース、ということを温めていたこと。拘りがありました。野村が投げて野村が打つチームにしようと思った。(一時)キャプテンにしたり重責を任せてきた。野村のためにやらせた。背中でチームを引っ張る選手として育って欲しいから。やらせていなかったら、この舞台にいない」

しかし、二刀流のピッチングの方は4回、横浜の猛攻を受けていた。5安打に死球、自らのエラーもあって6点を献上。ノックアウトされていた。

 最後の打席、野村の二つのファールに観客がどよめく。そしてカウント1ボール2ストライクから三塁前へのボテボテのゴロ。この当たりで野村が一塁へヘッドスライディングして間一髪セーフになって3点差。なおも満塁が続く。羽佐田光秀が倒れ6番倉持。投手・黒須の投じた3球目はなんとデッドボールで、これで2点差。

【写真提供=共同通信社】花咲徳栄―横浜  花咲徳栄―横浜 9回裏花咲徳栄1死満塁、三塁に適時内野安打を放ち、一塁にヘッドスライディングする野村。一塁手内海=甲子園

 
黒須は制球を乱しアップアップだった。横浜・平田徹監督は打ち明ける。「7番の井上(朋也)を打ち取れなかったら代えるつもりだったが、腹を括った。信じるだけだった」。

 花咲の7番井上は1年生でレギュラー番号をもらっている。「下級生が怖いもの知らずでやっていて、勢いがある」と岩井監督。井上のカウントは3ボールノーストライクまで行くが、ここから黒須が踏ん張ってフルカウント。
 最後の一球を前に、岩井監督が井上に伝令を出した。
「フルスイングしろ、迷うな」

 黒須の投じたボールは外角のボールコースのスライダー。井上のバットは空を切った。
8対6、ゲームセット。

 この両校は7月に練習試合をしたという。2対2で分けたそうだ。岩井監督は「及川(およかわ・雅貴)君に4、5安打しか打てなくて10三振ぐらいを喫したと思う」。
 横浜先発の及川に雪辱する。6回表までで8対1と横浜の楽勝ムードが漂っていたが、野村の2ランと、7回、橋本のソロホームランが出て、「ヒットも出たし十分、攻略をできた」(岩井監督が)と降板させた。そして最終回に覇者とし意地の反撃に繋がっていった。
勝った横浜・平田監督が花咲に敬意を表した。
「2連覇を狙う強いチームに競り勝てたこと。苦しい中での勝利で成長していると思う。でも改めて花咲さんには敬意を表したい。超満員を味方につけて、終盤にああいう場面を作るのは花咲の強さだと思う」

花咲の杉本直希主将が悔しさをにじませた。
「全員で優勝旗を返すことができてよかった。本当は新しい優勝旗を持って帰りたかったんですが。このチームは後半粘れないと言われてきたが、甲子園で最後に粘りを示て意地を見せられた」

 岩井監督がインタビュー台を降りてしみじみ言う。
「連覇の思いは強くてプレッシャーにもなったが粘り強く、この試合は最後まで思い切ってやってくれた。野村の一発はチームに勢いをつけたし、球場の雰囲気も変わりましたね。100回に出られたことは幸せだったし、人が歴史をつなぐ素晴らしさを感じた。平成最後の大会に出られて、私たちも歴史の中に入れてもらえるのかなと思います」

 ゲーム前、岩井監督は去年の優勝チームと今年のチームの違いを問われていた。
「去年は自分たちで判断してできていた。監督の指示を聞くな、自分が間違っていないと思えば、それでいい、と。でも、今年は監督が指示しないといけないんですよ・・・」

 今日はキャプテンの杉本に指示を出して選手を落ち着かせることがあった。「具体的なことではないけれど、思い切っていけ」と言っていたと言う。
 どうだろう。もし、去年のチームだったら例えば、九回逆転もあり得たのでは、というのは言い過ぎか。「アウトになるな」と言ったこと。そして、最後の打者にラスト1球という場面で指示を出したこと。ただ、それは仕方なく1年生だったことが、優勝チームとの差だったかもしれない。

(文・清水岳志)