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ナンバーワン右腕の金足農・吉田輝星
鹿実打線を翻弄したギアチェンジ

【写真提供=共同通信社】金足農―鹿児島実  金足農―鹿児島実 7回表鹿児島実2死一、二塁、益満を空振り三振に仕留め、雄たけびを上げる金足農・吉田=甲子園

4日目、今大会の注目の投手、金足農の吉田輝星が登場した。すでにU―18侍ジャパン代表候補にも選ばれている。ストレートの最速は秋田県大会で150キロをマーク。そして7種類の変化球を投げるという。
 吉田本人は普段、「左足をつくときに地面から力をもらうイメージを大事にして、球の回転に気をつけている」と言う。リリースする時の音が「シーッ」と聞こえたら調子がいいそうだ。
鹿児島実相手に「クリーンアップは特に低目で打たせて取る。27球が理想。ツーストライクになったら三振を取りに行く」。

鹿児島実の宮下正一監督はゲーム前、「対策? ないですよ」と笑いつつ、攻略に自信ありげにみえた。
「まず、一回りを見て僕と選手の感触を確かめたい。145キロを練習してきた。変化球もいいから甘いボールを打つしかない。九州ナンバーワンの宮崎学園のピッチャーが147キロ。練習試合で3安打完封されたんです。その後、明豊(大分)のピッチャーの145キロが普通に感じた。バッターはよく振れて、それ以降、速球派をよく打った。こういうピッチャーを打たないと勝てないよ、と。一回りしてからは見極め。球数を多く投げさせて前半は我慢で後半勝負。選手はワクワクしてると思う」
 そして9安打を放ってチャンスは作った。1回、1死二塁、4回は暴投があって2死二塁、5回はツーべースで1死2塁、6回は2死二、三塁、7回は2死一、二塁、8回は監督が「起爆剤になってくれれば」と言っていた原口大史のタイムリーで1点を返して、なお1死一塁、9回も安打が出た。球数を増やしたい、と言ったように157球を投げさせている。
金足農の中泉一豊監督は「前半、簡単に終わったイニングがなかった」と言ったが、前半どころか、全ての回で走者を許し、三者凡退がなかったのだ。ある意味、鹿児島実の作戦通りに進んだ、と言えなくもない。しかし、結果は残塁11。終わって見たら、14の三振を喫して、5対1の完敗だった。
実にスリーアウトめが三振で終わったことが6度を数える。それらの三振は141キロから148キロのストレートだった。
「三段階でギアをチェンジして投げている」と吉田は言う。
「ストレートの速さに緩急をつけてます。一段階が142キロ、ランナーが出たら2番目で145キロ。スコアリングポジションなら三段階目の145キロ以上です」
 つまり、ランナーを背負った2死からの最後のバッターにはほぼ、最大ギアで三振を取りにいっていたわけだ。

「今日の出来は30点です」
 吉田は自分に厳しかった。球数が増えてしまった反省だ。
それでも、周囲は圧巻の投球に酔った。ピンチを速いストレートを投じて三振で切り抜ける。スタンドはその度に湧いた。
鹿児島実の打者が振らされていたのが、高めのストレート。
 宮下監督はゲーム後、それを一番、悔やんでいた。
「高めを見極められなかった、振らされた。もちろん、振るなと言ったんですよ。ランナーが出るとギアチェンジしてきた。それができるのは投手として余裕があるからでしょう。今まで当たったピッチャーの中で最高のピッチャーでした」
見極められなかった証拠に選んだ四球は2個と少なかった。吉田を持ち上げざるをえないだろう。

打席に立った鹿児島実の選手に聞いた。
四番、西竜我。
「球が浮き上がってくるように伸びてくる。低めだと思ったのに高めに来て手を出した」
前半、ベンチから見ていて、途中出場した板越大剛。
「ベルトの一番好きな高さだと思ったら高めのボール球でした。ここぞというときのギアチェンジがわかった。九州で剛速球投手といわれる宮崎学園・源隆馬、樟南(鹿児島)・松本晴も見てきましたが、戦った投手の中で一番レベルが高いと思います」
最速の148キロで三振した西村僚祐。
「三振した打席の2球目のファールは捉えたと思っていたけど、ボールの下を叩いてました。源、松本もボールはすごかったけど二人よりすごいです」
 これらは吉田と対戦を終えての生の感想だ。

 吉田をリードしたキャッチャーの菊地亮太が言う。
「3点あれば吉田は抑えてくれる。すべて力を入れても(体力が)もたないので、ランナーが出たら力を入れる。二塁までヒットOK。それからギアをあげます。変化球主体から2、3回から(鹿児島実の打者が)振り遅れていたのでストレート中心に切り替えました。球は上ずっていたけど、伸びていた。ストレートの緩急をつけてますが、それは吉田が判断して投げてます。自分が出すストレートのサインは一つだけなんです」
 まさしくストレートを操って、鹿実打線をねじ伏せた。
原口監督は「ボールの質がいい。低めのストレートが落ちない」と素質を語る。
 ボールが落ちないのは、スピン量が多くて、浮力があるからだ。最近はボールの回転を計測してスピン量の多い投手が、ただ速いというピッチャーより評価されることが増えている。
 お手上げ、を認めた宮下監督は最後に言った。
「早く鹿児島に帰ってバッティングマシンで打ち込みをさせたい」
(文・清水岳志)