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選手だけでなく社員も育成― 楽天が示す「球団で働くという夢」


近年は球団の情報発信も盛んになり、状況は変わってきた。それでも球団で働くというのは、一般人にとっては描きにくい夢だ。ファンサービスなどに関わる部門はまだ想像しやすいが、チームの強化を担う部門などは未だベールに覆われている。2004年11月に誕生し新規参入を果たした楽天は、その歴史的な挑戦に心を動かされた人が、様々な業界から集まって船出した。いわば社員の個の力を結集して突き進んできた球団といえる。

■“新興球団”から脱却しつつある楽天の今

 子供の頃、野球選手を夢見たことはあったが、球団の社員を夢にしたことはなかった。どんな人が働いているのか? どうやったらなれるのか? そういう情報があまりにもなかったからだと思われる。

 近年は球団の情報発信も盛んになり、状況は変わってきた。それでも球団で働くというのは、一般人にとっては描きにくい夢だ。ファンサービスなどに関わる部門はまだ想像しやすいが、チームの強化を担う部門などは未だベールに覆われている。時折、表舞台に登場する社員も何かのスペシャリストだったり、有名企業での華麗なキャリアがあったり、はたまた元選手だったりする。親会社からの出向者が多いのでは、という印象もある。“少し特殊な人たちの集まり”というのが、球団という企業へのイメージではないだろうか。

 株式会社楽天野球団は、そうした印象を変えられないかと考えている。スポーツ好き、野球好きという枠内にとどまらず、広く優秀な人材が、就職先として視野に入れるような存在になるために、社内改革を進めているのだという。プロジェクトを推進している岡田朋城総務経理部長に話を聞いた。

 2004年11月に誕生し新規参入を果たした楽天は、その歴史的な挑戦に心を動かされた人が、様々な業界から集まって船出した。いわば社員の個の力を結集して突き進んできた球団といえる。そして球団は地域に根づき、2013年には日本一にも輝いた。

 ただ、中長期的に球団が発展していくためには、個の力を生かしつつも、能力のある新卒者など若い人材を採用し、自前で優れた人材へと育てあげていく仕組みも必要ではないか、そんな声も出ていた。

■マネジメントを担える生え抜き社員の育成を目指す

「専門性を武器に中途入社してきた人材ももちろん貴重な存在ですが、将来マネジメントを担えるような人材は、球団内でいろいろな立場を経験しながら育てるのが効率的だろうという考え方です」(岡田部長)

 2012年に就任した立花陽三球団社長も、新卒採用の実施を「社会に対し果たすべき責任」と認識し、2013年に新卒採用を開始。以来4年で計15人を採用してきた。このチャネルからの人材獲得を、今、改めて戦略的に行おうとしているわけだ。

「難しい部分もいくつかあります。うちの球団は正社員、契約社員合わせて130人ほどです。決して大きな企業ではない。1人の社員が業績に与える影響は大きく、採用した社員には確実に成長してもらわないといけない」(岡田部長)

 大企業のように多くの社員を採用し、何人かの幹部候補が出てくればよいといった余裕はない。とにかく学生に届き、響く、リクルーティングを行い、優秀な素材を振り向かせる必要がある。

■全国の学生を対象にした「コンテスト型」のリクルーティング

 12月3日、4日に開催した「楽天イーグルスビジネスコンテスト」などは、球団が優秀な学生にリーチすることを目指したイベントのひとつだ。来春に就職活動を控えた大学3年生を対象にした、データ分析をもとに球団ビジネスやチーム強化に関する提案を競うコンテストで、昨年2月以来の2度目の開催となる。前回は仙台で実施したが、今回は東京・世田谷の楽天本社で開催した。これには仙台に比べると球団の認知度が低い地域の学生にも関心を持ってもらおうという考えから決まったことだという。

 提案にあたっては、社員が業務に用いているのと同等のデータが提供された。そうしたものに触れて、学生にリアルな球団の実務を体感してもらいつつ、コンテストという形式を通じて、高い分析力や提案力を持った学生を見出すことが狙いだ。

 優秀な提案は、球団が実現を検討すること、またもし提案者が採用試験を受ける場合には、書類選考や面接の免除を行うことを明言した。今回は約300名の応募があり、その中から選考を通過した全国の大学生24名が参加した。

 当日、球団から提供されたデータは、動員に関するもの、グッズの開催日別の販売状況、また2014年に楽天が球界で最初に導入したレーダーを用いて投球の回転数や回転軸、変化量や、打球の速度や角度をとらえるシステム“TrackMan”(トラックマン)で収集されたデータなど多岐に渡った。通常は触れることのできない貴重なものばかりだ。

■初めて見る本格的なデータを相手に、学生たちは奮闘

 しかし学生が分析に費やせるのは2日という短い時間。参加者からは「見たこともないデータで、量も大量だった。Excelで処理して把握するだけでも大変」といった声も聞かれた。ただそれも球団の狙いで、限られた時間でなじみのないデータにどのように立ち向かい、どんな提案につなげてくるのかを見たいという思惑もあったという。

「実際の仕事でも、データが整理されていなかったり、時間がなかったりというのが普通。分析が洗練されているかは、今回はそこまで重視せず、提案にたどり着くまでの過程のほうを評価しました」(岡田部長)

 最優秀賞には早稲田大学商学部の赤間和史さんの提案が選出された。内容は選手への親近感がまだないライトファンに、スマートフォンを使った性格診断などを通じて選手との共通点を提案し、ネーム入りユニフォーム購入の動機づくりを図る仕掛けを考案したもの。提供されたデータから論理的に課題を見つけ、限られた時間の中で、自力でインターネットを使ったアンケート調査を実施するなどして提案に客観性を持たせた点なども評価された。

 赤間さんは、スポーツビジネスなどを専攻している学生ではなかったが、書類選考や面接が免除となり、立花社長との面接も可能と伝えられると「楽天イーグルスは12球団でも特殊で目新しいことをやるイメージがあります。ビジネスとしてはMLBを参考にしているのかなとも思う。どんな球団にしようとしているのか、将来像について直接聞いてみたい」と、選考への参加の意欲を見せていた。

 12月9日には、リニューアルを行った採用サイトもオープン。まもなくやってくる言わば採用担当者にとっての“ドラフト”への準備に、担当者は例年以上の力を注いでいる。

■選手管理用“BOS”を転用し社員のキャリア管理も刷新

 リクルーティングだけではなく、迎え入れた社員を育成する仕組みついても改革が進んでいる。チームが選手の管理に用いてきた、楽天では通称REO(Rakuten Eagles Operationの頭文字をとったもの。同時に立花社長が掲げるキーワード“Respect Each Other”の頭文字でもある)と呼んできたベースボール・オペレーション・システム(BOS)を転用し、社員の管理に用いる試みなども始まった。

 REOは選手の経歴やコンディション、試合や練習で見せた日々の細かなパフォーマンス、また監督やコーチ、フロントがどのような指導や判断を行ったかを記録、さらにオンラインで共有することで、チーム内の目線合わせを可能にし、球団運営の指針となっている。

 それと同じように、社員がどんな業務を経験してきたか、どんな成果を出したかといった情報も記録し、偏った業務だけ担当するようなことを避け、効率よく成長するためのキャリア管理を行うようにしたのだ。

 またOJTやメンター制度など、一般企業では普及しつつあるがこれまで球団では仕組みとして採り入れられていなかったサポートも導入した。

「サポート専任のスタッフを置くのではなく、私たちも含め球団にいる多くの中途社員たちが前職で受けてきたサポートを振り返って、それを参考にしながら、うちとしての制度をつくってきました。声をかけてみると前の会社で研修を担当していた時期がある、というような社員も意外といた。そういう社員には力を発揮してもらっています」(岡田部長)

■すでに社内にいる人材を活用したサポート体制、海外研修も

 モチベーションを高めるために、社員の海外研修制度もより手厚くした。このオフにも社内で公募した6名が、アメリカに向かう予定だ。球団はMLB球団やトラックマン社に代表される米国のスポーツ界をフィールドとする企業と日常的にコミュニケーションをとっており、そのコネクションを活用した。

「オフィスに入り膝を突き合わせて議論する機会を用意してもらうなど、単なる視察・見学では終わらない質の高い経験となるような改善を図っています」(岡田部長)

 チーム強化のために開発したITリソースの有効活用や、社内の人材の掘り起こし、そしてグローバルな企業風土という、保有する強みを効率よく生かすことによる課題への対応は楽天グループに底流にあるベンチャースピリットを感じる取り組みでもある。

 興味深いのは、それによって実現しているのが、大企業のような社員のサポートの質であるということだ。先鋭と安定が両立する様は、創設から13シーズン目を迎え新興球団を卒業し、次のフェイズに進もうとしている楽天イーグルスの今を表しているようにも感じた。

秋山健一郎●文 text by AKIYAMA,K.

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