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高校野球

小さな村と名将からの学びで再び快進撃を 日本ウェルネス信州筑北キャンパス(長野)【100回目の甲子園狙うダークホースVol.3】

★創部1年半で県優勝

 長野市と松本市のちょうど中間地点にある筑摩郡筑北村。人口4688人(2018年2月28日現在)の小さな村が昨秋大きく湧いた。村唯一の高校である日本ウェルネス高校信州筑北キャンパスが長野商、上田西、松商学園、佐久長聖と甲子園出場経験の高校を次々と倒して創部1年半で長野県の頂点に立った。この快挙は防災無線で村内に伝えられ、選手たちが校舎に戻る頃には100人以上の村民たちが祝福のために集まっていた。
「ただでさえ子供が少ない地域だし、“あれ良かったよね”って言える共通の話題ができました」
 そう語るのは、高校時代に甲子園出場経験もある村民の宮澤文章さん。72歳には思えぬ精悍な出で立ちで、取材日の練習試合では一塁塁審も務めていた。ちなみに球審は村の教育長を務める宮下敏彦さん。村長や彼らが松商学園のOBだった縁もあって、創部と同時に招聘されたのが中原英孝監督(73歳)だ。松商学園で9回、長野日大で2回の甲子園出場を誇る長野の名将だ。当初は長野日大で監督退任を機に引退を決めていたが「村おこしにぜひ」という熱心な誘いに折れて「体の元気なうちは」と快諾した。

村の球場は両翼98m中堅122mと立派なもの。合宿に訪れるチームもあり、それがまた村の経済に好影響をもたらしている


★名将の教えとボランティア活動

 日本ウェルネスは全国数カ所に拠点を置く通信制高校で、東東京でシード校となった経験もある東京キャンパスや今春に活動が始まった沖縄キャンパスにも硬式野球部がある。信州筑北キャンパスの選手たちは週5日のスクーリングを行い、放課後から練習に励む姿は一般の高校の選手たちとそう大きな変わりはない(火曜・水曜は午前中のみの授業だが、月曜・木曜・金曜は午後も2時間授業を行う)。
 ただ、選手たちの事情はそれぞれだ。「いろんな高校の練習体験に行って、指導の奥の深さなど一番感じるものがあった」と中原監督を慕って入学してきた河野健太郎主将のような選手もいれば、中学時代は不登校など様々な問題を抱えていた生徒もいる。これまでの監督人生で接してきた生徒たちとは気質も違うが、「知らないこと知ること、できないことができる喜び」を根気強く伝えていき、選手たちは野球の技術だけでなく忍耐力も身につけて、学校を休む生徒もいなくなった。
 また木曜日には2時間、清掃活動などのボランティア活動に励む。また、村との協定で「75歳以上の村民に何か頼まれたら出動する」という“お助け隊”という制度もある。最初はボランティア活動を面倒くさがっていた選手たちも、村の人々を交流する中で前向きになり、昨秋に優勝した際に応援の心強さ・温かさを感じたことで自覚はさらに強くなっていった。また「決められた時間でしっかり行うことで集中力もつきました」と、エースの高山蓮が語るように様々な面で好影響が生まれている。

細やかな技術指導だけでなく、ニュースについての感想文を課題に出すなど、中原監督は選手たちに大学や社会に進んでも恥ずかしくない教養を身につけさせている


★村民の期待を背に

 徐々に選手たちの自信は深まり、村民からの応援や期待も大きくなってきている。だが、悲願である甲子園出場がそう簡単ではないことは、経験豊富な中原監督が誰よりも強く感じており、「夏を勝ち上がる苦しさはまだ分かっていませんから」と話す。また、春には松商学園に2対11と派手な返り討ちに遭うなど、名門校がひと冬を超えて大きく力をつけている。
 それでも、彼らのひたむきに勝利を目指す姿勢が村民たちの活気を生むのは間違いないと宮澤さんは語る。
「彼らが勝つとね、村民のみんながイイ顔をするんですよ。甲子園に行くのが甘くないのは僕もよく分かっているけど、1つでも多く勝ってもらいたいですよ」 
 そうして目を細めた姿はまるで、息子たちの成長を見守る父親のようだった。そんな眼差しを多く受けた選手たちが、これまでの成長をグラウンドで思う存分見せつけていけば、奇跡の扉も動いていく。

長野県出身の選手が大多数を占める中で、部員は50人を超える


文・写真=高木遊