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プロ野球

子どもたちの笑顔が、競技生活を豊かにしてくれる~鳥谷敬選手スペシャルインタビュー

昨年11月、阪神タイガースの鳥谷敬選手がタイの難民キャンプを訪れた。そこで暮らす子どもたちに、日本で集めた500足の靴を寄贈するためである。

子供たちひとりひとりに優しく声をかける鳥谷氏

「子どもたちは靴を見ただけで喜んでくれました。何人かの子どもには僕が一足ずつ履かせてあげたのですが、足の入れ方がわからない子や、ただ足を入れるだけでしっかり履こうとしない子が多くて、それには少し驚きました。普段はサンダルで過ごしていて、靴を履いたことがない子もいたようです」

難民キャンプを訪れた後、孤児が通う学校も訪問。そこでも同じように靴を履かせてあげると、子どもたちは建物の裏手にある広場に向かって嬉しそうに走り始めたという。

「広場といっても日本のように整備されているわけではありません。そんな環境でもみんな元気よく走っていって、靴を履いた感覚をさっそく試してくれました。その姿を見ていて、ぐっと来るものがありましたね」

現地の子供たちと一緒に走り回る鳥谷氏にも笑顔がはじける

◆多くの賛同者を集め、広がる支援活動

2014年オフ、野球教室を行うためにフィリピン・マニラを訪れたことがこの活動のきっかけとなった。日本から100個のグラブを持参して現地を訪れたが、集まった子どもたちはみんな靴を履いていなかった。「この土地では野球どころではない。まずは生活をする上で必要なものを供給しなければ」と思い、2015年に一般社団法人レッドバードを設立。代表理事には、早稲田大学硬式野球部時代の同期で、現在は広島東洋カープの球団職員である比嘉寿光氏が就任した。

「野球をやるといってもみんな裸足だし、広場も整備されていない。中にはTシャツすら着ていない子もいました。もちろん、いつかは野球をやってもらいたいという気持ちはありますけど、いきなりやろうとしてもできない環境です。それが、靴を持っていこうと思ったきっかけでした」

最初は仲間だけで細々と活動していこうと考えていたそうだが、初年度に「1年で1万足をフィリピンに寄贈」を目標として掲げたところ、多くの賛同者や協力者が集まり、わずか半年で目標を達成。昨年12月に行われたスポーツ選手の社会貢献活動を称える『HERO’S AWARD』でもその取り組みが表彰され、活動は今後さらに広がりを見せていきそうだ。

「協力してくださる方がたくさんいることにも気づきましたし、賞をいただいたことで活動を知ってもらうきっかけもできました。今後はほかのスポーツや団体とのコラボレーションなども含め、いろんな方を巻き込んでやっていけたらいいなという思いもあります」

当初の目的である野球振興も、活動テーマとして忘れてはいない。ただ、鳥谷選手が目指しているのは、現地で野球を競技として普及させるというよりも、まず野球というスポーツを知ってもらうこと。野球が楽しいと思う子どもが増えれば、自然とチームも作られる。そのために、今後も継続的に現地を訪問する予定だ。

◆プロ野球選手が社会的活動をしやすい環境を

もともと子どもが大好きだという鳥谷選手。自分の子どもでも遠い国の子どもでも、喜んでいる姿を見ることが自分の競技生活にもプラスに働いているという。

「子どもが笑顔になってくれると本当に力になります。彼らとの出会いを通して、自分が恵まれた環境にいることも感じられるし、どんなに苦しい時でも野球ができる幸せを実感できます」

本来であれば、もっといろんな土地に足を運んでより多くの子どもたちと交流することが理想だというが、現役中は期間が限られているため、行けても年に一回。鳥谷選手の場合は秋季キャンプに参加しないため11月を活動に費やすことができるが、多くの選手はオフも球団行事などで多忙となる。

「僕自身も、この活動ができるようになったのは秋季キャンプに行かなくなってからです。誰かに任せることはできても、選手が自分で現地に行くことは物理的に厳しいんですよね。そんな時間があったら練習しろという考え方が野球界ではまだ根強いですから」

残念ながら、今は選手のほうからチャレンジしないと社会貢献活動ができない環境だという。しかし、「何か自分にできることをやりたい」と考える選手は多い。球界全体として、そういった活動への抵抗が少なくなることを鳥谷選手は願っている。

「いつも同じメンバーで行動していたのではわからないことが世の中にはたくさんあります。現役時代からいろんなものに触れて学びを得ることは大切だし、それは確実に野球人生に活きると思います。僕の場合は、支援活動で元気をもらって競技にも活かせているので、そういったことに対する理解が球界全体にもっと浸透してくれると有り難いですね」