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高校野球

10試合連投の明徳義塾・エース市川、決勝は4安打完封勝利!【明治神宮野球大会】

第48回明治神宮大会の高校の部決勝は明徳義塾(四国)と創成館(九州)の対戦になった。決勝は明徳義塾が4-0で勝利している。

明徳義塾・優勝の瞬間

高知県大会、四国地区大会から明治神宮大会の決勝まで数えて10試合。明徳義塾のエース市川悠太(2年)はチームの全試合、全イニングを投げ切った。

 馬淵史郎監督から先発の通告は特になかったという。市川は「全部一人で投げるつもりでいました。新チームになったばかりのときから言われていました」と明かす。近年の高校野球は継投を活用するチームばかりだが、明徳義塾の新チームは例外だ。

 決勝戦は13日の準決勝から中0日の連投で、4日間で3度目の先発。しかしそんな強行登板でも、市川は今大会のベストピッチを見せた。被安打4、四死球3の完封勝利を挙げている。

 身体的には満身創痍で、右足の内転筋を傷めて太腿にテーピングが巻かれていた。右中指の爪も準決勝の試合中に割れ、血が滲んでいた。しかし市川は言う。「勝ったら終わりなので、気合で投げました」
 市川は試合前のキャッチボールから、調子の良さを自覚していたという。彼は「球が結構伸びて、回転も良かった。今日は行けそうだなという感じがあった」と振り返る。1回戦の中央学院戦で気になった左肩の開きも解消していた。

 彼の最速は145キロだが、決勝戦は速球でも常時130キロ台中盤。奪三振も「4」にとどまった。ただ本人が「向こうも真っ直ぐ狙いで来ていたと思うけれど、切れが良くて内野ゴロやポップフライになった」と振り返るように、彼の球には相手の狙いを上回る球威があった。

 創成館の稙田龍生監督もこう振り返る。「(試合前に)外のボールを追いかけないように、右バッターはちゃんと引っ張れるところを待って捉えなさいという話をした。タイミングは合っていたと思うんですけれど球の勢いが勝った。たまに抜かれる変化球にもついていけなかった。左バッターが全く打てなかったのも誤算だった」

 明徳義塾は伝統的に県外出身者の多いチームだが、市川は安田陸(1年)とともに高知県内の出身。彼は「甲子園に近かったから選びました。高知県内で『県外県外』って言われているけれど、高知県民がエースになって甲子園に行ったら文句は無いと思う」という思いで明徳義塾に入学した。

 今年の春にはフォームをサイドスローに変え、彼の柔軟性やバネ、バランスが一層活かされるようになった。夏の甲子園選手権大会も2試合に登板しているが、市川はそこで課題を見つけて成長した。
彼は説明する。「変化球のコントロールと精度が全然だったので、新チームになって少し変化球の握りを変えた。そうしたら切れるようになって三振を取れる、カウントを取れるようになった」

 市川のスライダーはより速く、より鋭い変化をするようになり、速球やスプリットとともに彼の決め球となった。
 高2の彼だが体格的にも入学後に「体重は5,6キロくらい、身長は4センチくらい」という成長を遂げ、現在の登録は184センチ74キロ。ニキビの残る顔を見るとまだ彼の成長期が続いていることが窺い知れるし、実際にまだ背は伸びているという。

 一方で他の選手に比べて細身の体格については「変に筋肉を付けたら硬くなる」という意図から増量を急いでいない。個人のトレーニングについては「腹筋体幹は毎日しています。疲れた時でも体幹はちゃんとするようにしている。走り込むよりも細かいところをやっている」と説明してくれた。

 市川の凄味は何と言ってもスタミナで、入学前から自信を持っていたという。決勝戦後も「疲れは全然無かった」と涼しい顔でコメントしていた。

 出場が確定的な第90回記念選抜高校野球大会は36校が参加するため、最大6試合を戦う可能性がある。「それでも全部投げる?」と記者に問われた市川はこう即答していた。「全部一人で投げます」。

4安打完封勝利を収めた市川(明徳義塾)

★決勝・明徳義塾vs創成館
明徳義塾 101000200=4
創成館  000000000=0

【創】●七俵、伊藤、川原-平松
【明】○市川-安田

文=大島和人 写真=伊藤華子