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プロ野球

黒田博樹に繋げなかった空虚感。 動くリスクを怖れた広島の「型通り」。

前原淳
Hideki Sugiyama

優勝を逃した直後、緒方監督は「来年は来年で新しいチームになってスタートだ。 戦力も新しい顔ぶれがある」と前向きな発言でチームを鼓舞した。

優勝を逃した直後、緒方監督は「来年は来年で新しいチームになってスタートだ。
戦力も新しい顔ぶれがある」と前向きな発言でチームを鼓舞した。

 スタンドではホットコーヒーが売られていた。吐く息も白く、上着が欠かせないほど肌寒くなった10月29日、広島の今季の戦いは終わった。

 日本ハム栗山英樹監督が宙に舞う中、スタンドには空席ができ始めていた。多くの広島ファンは家路に就いていた。32年ぶりの歓喜を逃したことよりも、「黒田が投げる7戦目につなぐことができなかった」空虚感が襲っていたかもしれない。加えて、もっとできたのでは、という行き場のない感情も入り交じっていたように思う。

 2連勝から歯止めが利かぬ4連敗で敗れた広島と、2連敗から4連勝で日本一となった日本ハムとの違いは、“負け方”にあったのではないだろうか。

■シリーズ3戦目。黒田博樹で勝負に出た!

 広島は連勝スタートを切り、日本ハムは連敗スタートとなった。

 日本ハムからすると1戦目は大谷翔平を先発に立てながら、サインミスで重盗を許すなど広島クリス・ジョンソンとの投げ合いに屈した。2戦目は増井浩俊のミスで傷口が広がり敗れた。

 その時できる最善手を打って、敗れた。数字的に重い2敗も、内容は割り切れるものだったかもしれない。移動日、津軽海峡を渡ったころ、心はすでに3戦目に向いていたに違いない。

 迎えた札幌決戦初戦、黒田博樹が立ちはだかった。

 1回に1点を先制される立ち上がりも、すでに引退を決めている右腕の気迫に満ちた投球が日本ハム打線を圧倒した。両足がつるアクシデントで黒田が緊急降板したが、1点リードしたまま終盤に突入した。

 7回。広島は1、2戦でも登板した今村猛を投入し、逃げ切りを図った。無安打に抑え、8回も3連投となるジャクソンを起用。9回を抑えの中崎翔太につなぐ形で王手を託そうとした。

■大谷翔平と、勝負か、回避か?

 だが、広島の思惑通りには行かない。

 8回2死二塁とすると、大谷を歩かせた。この試合で2本の二塁打を放つなど、このシリーズ当たっている大谷との勝負を避け、この打席まで10打数2安打で長打のなかった中田翔との勝負を選択。逃げ切る態勢に入り、1点勝負を覚悟した。

 だが、逃げ切る態勢は完璧ではなかった。打力のある松山竜平が9回に打席が回ってくることで、そのまま左翼の守備に就いた。今村、ジャクソン投入は「逃げ切り」の合図。4番を前にした敬遠策も、「ここをしのげば」という勝負どころだったはず。その一方で、追加点の可能性も下げたくなかったのだろう。

 わずかな綻びをパ・リーグ王者に突かれた。

 中田が引っ張ったライナー気味の当たりに松山は一瞬右足を下げ、ひと呼吸置いて前進。だが、間に合わない。中途半端に飛び込んで、同点どころか逆転の一塁走者まで本塁に返してしまった。

■緒方監督「勝ち切れるチャンスはあった。自分の責任」

 守備のスペシャリスト赤松ならば、捕れていただろう。

 また、状況を落ち着いて考えていれば、無理せず単打で処理できたはずだ。

 二塁走者の生還を防ぐ前進守備ではなく、一塁走者生還を警戒する守備隊形だった。二重のミスが逆転という最悪の結果を招いた。

 同点で突入した延長10回は、2死一塁で大谷を迎えた。

 カウント1-1から西川に盗塁を許し、2死二塁と状況が変わった。8回よりも分かりやすい1点勝負の場面。だが、2ストライクと追い込んでいたことで大谷との勝負を選択した。

 内角の厳しいコースに投げ込むも、打球は無情にも定位置にいた右翼前へ。1点勝負の延長戦で塁を埋めずに敗れた。

 8回はジャクソン、10回は大瀬良を送り込んだ……投手起用の結果がすべて裏目となった緒方孝市監督は「勝ち切れるチャンスがあった中で、勝ち切れなかったのは自分の責任で申し訳ない」と詫びた。

 この1敗で、シリーズの潮目は完全に変わった。

 前日の悪夢が消えない第4戦は、1点リードの6回裏に早くも松山を下げた。直後、7回の初球を先頭中田に左翼席に運ばれた。悪い流れは、歯止めが利かない。同点の終盤は3戦と同じように、今村、ジャクソンとつないだが、ジャクソンがレアードに勝ち越し2ランを浴びた。

■「型があるから、型破り。型がなければ、型無し」

 故中村勘三郎は言った。「型があるから、型破り。型がなければ、形無し」と――。

 日本ハム栗山監督の采配はまさに型破りだった。

 長丁場のペナントレースとは違う、短期決戦で勝つための采配だった。

 シーズンとは違うオーダーを試しながら、第5戦では先発の加藤貴之を2回途中でも代えた。第6戦も大谷を温存。生き物のように動く短期決戦の流れを自ら動いてつかみ、低空飛行だったチームを日本一に上昇させた。

 一方、広島は「型」にこだわった。

「自分たちの野球」を貫いた型通りの戦いは、動くリスク回避のようにも映った。力がほぼ互角の相手との短期決戦は、勢いだけでは勝ち抜けない。短期決戦の難しさ、そして厳しさを痛感させられた。

 32年ぶりの日本一を逃した喪失感は来年、33年ぶりに取り返すしかない。