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プロ野球

ジョンソンが95球で降板した遠因。 中島卓也、5連続ファウルの幻影。

鷲田康=文
photograph by Hideki Sugiyama

シーズンを通じてホームランは0本、打率も2割5分に届かない。 それでも中島卓也は「イヤな打者」なのだ。

シーズンを通じてホームランは0本、打率も2割5分に届かない。
それでも中島卓也は「イヤな打者」なのだ。

「少し疲れたから交代させて欲しい」

 日本シリーズは2連敗からスタートした栗山英樹監督率いる日本ハムが、広島を破って10年ぶり3度目の頂点に立った。

 開幕戦を絶対エースの大谷翔平で落として逆境スタートのシリーズだったが、いくつかのターニングポイントを制して地元で3連勝。最後は広島の継投のスキを突いた一気呵成の攻撃で栄冠を手にした。

 その数あるシリーズのポイントの中で、日本ハムの勝利が決定づけられたのは、第5戦の王手をかけた試合、6回95球を投げたところで広島先発のクリス・ジョンソン投手が緒方孝市監督に冒頭のセリフで降板を申し出たときだった。

 広島にとっては、この第5戦はカギとなる試合だった。

 負ければこの時点では第6戦には大谷の先発が予想され、一気に押し切られる危険性が高まる。この第5戦を是が非でも取ることによって、たとえ6戦を大谷で落としても、第7戦に決着を持ち込める。そのために今シーズン中には1度もなかったジョンソンを中4日で先発させてルーキーの加藤貴之とのマッチアップで必勝を期したのである。

■中4日、球数とともにジョンソンの疲労を加速したもの。

 試合はそんな広島の思惑通りに展開した。

 1回に鈴木誠也のタイムリーで1点を先制。その虎の子をジョンソンが老獪なピッチングで守り、6回まで1点差で試合は進んだ。

 ところがその6回を投げ終えたところで、ジョンソンが疲労からの降板を申し出たのである。

 確かに中4日で球数は100球に近づいていた。ただ、それ以上にシリーズというゲームの空気、負けられないという精神的重圧が1球、1球の疲労をより重くしていた。そしてその「疲れ」のもう1つの伏線は、日本ハムが敗れた第1戦にあったのである。

■いつも以上にナーバスだった1戦目のジョンソン。

 この試合でジョンソンは7回途中まで123球を投げ、日本ハム打線に9安打を打たれながらも、ブランドン・レアードの一発による1失点に抑えて勝ち投手となった。何より大きかったのは、大谷との投げ合いを制したことで、この勝利で広島はシリーズの主導権を握り、次戦の連勝へと流れを作ることになった。

 ただ、この試合のジョンソンは勝つには勝ったが、主審の判定にイライラとした仕草を何度も見せるなど、いつも以上にナーバスなピッチングだった。そしてその苛立ちを増幅させたのが日本ハムの中島卓也のバッティングだった。

■3回の1打席で12球を投げさせた中島。

 3回の日本ハムの攻撃だった。

 先頭の西川遥輝が遊ゴロに倒れた1死で打席に立ったのが、中島だった。

 この打席で中島は初球にバントの構えで揺さぶりながらバットを引いてボールを選ぶと、カウント2-1から2本、6球目がボールでフルカウントになってからさらに5本のファウルを放って粘った末に四球で出塁した。

 この打席だけで、ジョンソンに12球を投じさせたわけだ。来る球、来る球を意識的にカットして次々とファウルを連発する中島に、マウンドのジョンソンは露骨に苛立ちの表情を浮かべた。根負けして出塁を許し、リズムを崩したのか次打者の岡大海も歩かせて一、二塁のピンチを背負うことになる。この回は4番の中田翔を併殺に打ち取り、事なきを得ているが、ジョンソンにはこの打席で、中島と日本ハム打線のしつこさが強烈に焼きつけられることになった。

「日本ハムの打線は粘って球数を投げさせようとする」

 試合後に相手打線の印象を聞かれた左腕はこうコメントしたが、それは明らかに中島の打席がイメージさせたものだった。

■中島は粘ると同時に、早いカウントでも狙っている。

 これはジョンソンだけではない。広島の各投手に中島の粘り、しつこさが強烈に印象付けられたのがこの第1戦だった。特に先発投手は打席に中島を迎えると、球数を投げさせられるのではないかとプレッシャーを受ける。

 しかも3戦から5戦が行われた日本ハムの本拠地・札幌ドームでは、スタンドのファンも中島を知っている。追い込まれると、逆にファウルの期待にファンがざわめく。期待通りに中島がファウルを放つと、ファンがドッとわく。それが次も粘られるのではないかというプレッシャーになり投手を疲弊させていくのである。

 そして中島の価値が高いのは、こうして粘るだけではなく、粘ることで相手が早めの勝負を仕掛けてくれば、それを狙ってきちんと叩けることなのだ。

 第5戦ではジョンソンが交代した7回1死二塁の第3打席で、今村猛の2球目を打って三遊間を破って岡大海の同点犠飛を引き出すと、西川のサヨナラ満塁弾の飛び出した9回も中崎翔太の3球目を打って投手内野安打で繋いだ。

 日本一を決めた第6戦でも1回の無死三塁ではストレートの四球で歩くと、3回にはフルカウントからファウルで粘った末に三塁内野安打。第3打席ではフルカウントからファウルで粘り、第4打席もフルカウントからの7球目を選んで四球での出塁。勝負の決まった8回も2死一塁で4球目を打って中前安打で中田の押し出し、レアードの満塁弾へと繋げた。

■9番打者に全力投球を強いられることのキツさ。

 実はこの第5戦で、中島はジョンソンに対して打席で粘ったわけではない。

 先頭で打席に入った3回はカウント1-1から内角へのツーシームを打って遊ゴロ。5回1死二塁で迎えた第2打席は逆に初球打ちで遊ゴロに倒れた。ただ、中島を打席に迎えたジョンソンの頭には、必ず第1戦の12球の残像が残っていたはずである。

 9番打者にも神経を使わせ、早いカウントから追い込むために全力投球を強いる。そういうボディーブローがジョンソンを疲れさせていく。それが95球での降板というこの試合、今年の日本シリーズの分岐点を引き出したのである。

「1人、1人が自分のプレーを全力でやってくれた結果だと思う」

 日本一を支えたチーム力を栗山監督はこう語って胸を張った。

 中島だけではない。こういう1本のファウル、1つの役割を認識した意思のあるプレーで日本ハムは頂点に上り詰めたのである。