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カナダの知られざる野球 ~前編~ 英国女王を頂いたメープルリーフの国の野球の歴史【WORLD BASEBALL vol.19】

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 プロスポーツの世界では、隣国・アメリカと一体化することが多いカナダだが、国民は独自のアイデンティティに誇りを持っている。野球の世界でもカナダ人たちは、メープルリーフ(カナダ国旗に描かれたカエデの葉)のプライドのもと、強豪国に対している。今回は、そんなカナダの知られざる野球の歴史について紹介していく。

オンタリオ州ロンドンにある1877年建造の現存世界最古の野球場、ラバット・メモリアル・パーク

オンタリオ州ロンドンにある1877年建造の現存世界最古の野球場、ラバット・メモリアル・パーク

 イギリス植民地であったこの国にも、比較的早い時期にヨーロッパから打球技が持ち込まれていたという。5つのベースに11人制のゲームが行われていたこの地にアメリカ生まれの野球が伝わったのは、植民地時代の1860年とされる。

 アメリカン・ベースボールは東部のオンタリオ、ケッベク州から西へ普及していき、20世紀を迎えるころには太平洋岸まで伝わった。

 この頃になると、アジアからの移民の多かったビクトリア州、ブリティッシュ・コロンビア州には日系人のチームも結成された。

 1914年から41年に活動し強豪として名を馳せたバンクーバー朝日は、1921年、日本最初のプロ球団、日本運動協会の誘いで来日。また1935年には北米遠征にやって来た読売ジャイアンツの前進である大日本東京野球倶楽部と対戦するなど、カナダ野球史に大きな爪痕を残し、2003年にカナダ野球殿堂入りを果たしている。

1910~30年代にカナダ野球界に確かな爪痕を残した日系人チーム・バンクーバー朝日は2003年、カナダ野球殿堂入りした。

1910~30年代にカナダ野球界に確かな爪痕を残した日系人チーム・バンクーバー朝日は2003年、カナダ野球殿堂入りした。

 また20世紀初頭には、アメリカのマイナーリーグの球団が進出するかたちでプロ野球が始まった。

 1930~1940年代にはケベック州に拠点を置くプロビンシャル・リーグに、カラーバリアのためアメリカで排除された黒人選手が集まりプレーレベルが向上、カナダ野球は最初の黄金時代を迎えた。

 1946年には、3Aインターナショナルリーグに属するドジャース傘下のモントリオール・ロイヤルズでジャッキー・ロビンソンがカラーバリアを破ってデビュー。その後のメジャーでの活躍につなげた。

 しかし、自国独自のプロリーグができず、常にアメリカのマイナーリーグの地位に甘んじていたカナダ野球は、1950年代になると衰退に向かう。

 カナダ野球が再び盛り上がったのは、メジャーリーグの拡大によるものだった。1969年、モントリオール・エクスポズがナショナルリーグに、続いて1977年にトロント・ブルージェズがアメリカンリーグの球団として誕生すると、それに伴い、各都市にマイナーリーグのフランチャイズが置かれるようになった。

 1992、93年にブルージェイズがワールドシリーズを連覇した1990年代前半はカナダ野球第2の黄金時代と言えよう。しかし、21世紀を迎える頃になると、カナダ野球は斜陽の時期を迎える。

 カナダ野球復活の兆しが見えたのは、2003年にカナディアンリーグが発足した時である。フランチャイズの8都市はすべてカナダ国内、各チームには5人以上のカナダ人の在籍を義務付けるなど、カナダ独自の国民的リーグを目指したこのリーグだった。
 
 しかし、アメリカではあくまで独立リーグのひとつという扱いで、その上、ウィニペグ・ゴールドアイズ(ノーザンリーグ・当時)、ケベック・キャピタルズ(ノースイーストリーグ・当時)といった独立リーグの強豪チームの参加がなかったこともあり、観客動員が低迷、シーズン半ばでの休止を余儀なくされた。

 そして、2004年シーズン限りでエクスポズがモントリオールから撤退、カナダ野球は大きな転機を迎えることになった。

 次回は、カナダ野球の現状について紹介する。

文・写真=阿佐智