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2019.11.27 12:00
「ご当地野球文化・野球のまち阿南」前編 「前例なし」から10年あまりでの急成長【Ballpark Trip vol.29】
11月24日(日)のNHK「サンデースポーツ2020」で長時間にわたり特集が組まれるなど、いまや野球界を超えた新たな地方創生モデルとして注目を集める徳島県阿南市の「野球のまち阿南」事業。では、全く前例のない施策は、なぜ大成功を収めたのか?
前編ではそのキーマンである田上 重之・阿南市「野球のまち推進課」初代課長(現:同市参与)さんの話を交えつつテレビでは取り上げられなかった「アナザーヒストリー」も追っていきたい。
■おもてなし精神で「野球のまち阿南」熟成
「市長に了解はもらったんですが、まずは『何をやろう?』でした。参考にするところがなにもないし、予算も人もいない。最初は市役所の空いたスペースに机を置いて、という感じでした」
このようにして2007年「野球のまち阿南推進協議会」が発足し、野球によるまちづくりがスタートした当時の「何も前例がない」を振り返ったのは現:徳島県阿南市参与の田上 重之氏。2010年に日本初の市役所部署として創設された「野球のまち推進課」の初代課長を務めた「野球のまち阿南」構築最大のキーマンである。
視察を重ねながら阿南市へ継続的に足を運んで頂き、かつ楽しんでもらう世代を考えた田上氏。そこで最初に行きついたのは「還暦野球大会の開催」であった。
「還暦の方はわりと経済的な余裕があるし、通年で来て頂けるのであれば短期間で多くの方が集まるプロ野球キャンプ地のような多くの宿泊施設も必要としない。人口7万の阿南市に合った規模での事業を考えました」(田上氏)
2008年からは「西日本還暦野球大会」を毎年開催。さらに草野球チームを主な対象とした試合込みの「野球ツアー」も導入した。
ただ、そこに心が入っていなくては意味がない。そこで田上氏は2007年5月に両翼100m・中堅122mのプロ野球規格でオープンした「徳島県南部運動公園野球場(JAアグリあなんスタジアム)」の環境を存分に利用しつつ、「お遍路さん」の名で親しまれ、江戸時代から500年以上の伝統を持つ「四国八十八ヶ所霊場巡り」によって地元の方々に根付く「おもてなし精神」を融合させることにした。
たとえば草野球チームのツアーであれば、一般から古希(70歳以上)まで60チーム以上ある地元の野球チームの中から対戦相手を手配。宿泊先では徳島県の誇る「阿波踊り」でご接待。球場でも食事をふるまい、アナウンスもスコアカードもフル装備。試合中はチアガール「ABO60」(阿南・ばあちゃん・オーバー60歳の意味)が歌って踊って雰囲気を盛り上げる。
さらに2017年にはツアー客がほぼ例外なく通る国道55号バイパスにある道の駅「公方の郷なかがわ」に「89」を「やきゅう」と読ませるジョークも交えた「89番野球寺」モニュメントも設立。試合での安全祈願も願ってもらいながら地元産の食事・お土産も見て頂く流れも作った。
結果、2007年度には340人ほどだった阿南市内の宿泊者も2018年度は約6,000人と20倍近くに<*阿南市調べ>。「経済効果も毎年1億円ほどになっています」(田上氏)「野球のまち阿南」事業は、地元に工場を持つ日亜化学工業が世界的なシェアを誇るLEDを使った「光のまち」を推進する阿南市にとってもう1つの欠かせない動きとなっている。
■国際化と全国レベルの招致で「阿南市野球」強化へ
実はこの「野球のまち阿南」事業にはもう1つの車輪が存在する。「阿南市野球強化」である。
球場開きの際には社会人クラブチーム・茨城ゴールデンゴールズを招き、2015年には東京六大学オールスターを招致。その他にも四国アイランドリーグplus・徳島インディゴソックスのホームゲームや、春・秋の徳島県大会高校野球。今年秋には開設来2度目となる秋季四国大会1回戦・準々決勝計4試合を開催し、中学・小学の大会でも実績を積んできた。
さらに阿南市はそういった大会開催・招致に留まらず「阿南市野球強化」へ2本の柱を構築している。
1つは2017年に中国・天津ライオンズのキャンプをはじめとする海外チームの招致事業。
とくに台湾とは2016年に徳島インディゴソックスでプレーした台湾プロ野球界のスーパースター・張泰山(現:味全ドラゴンズコーチ)のルートを活かし、阿南市出身選手も複数在籍する徳島インディゴソックスや四国アイランドリーグplus選抜チームと台湾社会人野球チームとの交流戦、少年野球教室や台湾食文化体験売店出店も交えた「台湾フェスティバル」を2018年度より開催。
「最終的には東京五輪前の台湾チーム直前合宿開催につながれば」と田上氏も期待を寄せる。
もう1つが地元での試合機会が難しい北信越地区代表校を対象としたセンバツ直前合宿地の提供である。2011年・21世紀枠で出場した佐渡(新潟)にはじまり、これまでのべ11校が訪問。2015年には敦賀気比(福井)がセンバツ初優勝への道筋を作り、今年も啓新(福井)が甲子園初出場で1勝をあげた。
その要因の1つには阿南市を中心とした徳島県高校野球部との練習試合がある。試合経験を通じ地元で確かめづらいチーム力の現状を確認し修正する時間を得られるメリットは計りしれない。「本当に恵まれた環境で準備ができて、ありがたい」。毎年各校の監督は例外なくこの言葉を口にして聖地へと向かっている。
一方、阿南高専、阿南光、富岡西の3校が市内にある県内高校野球への好影響も絶大だ。2017年には今年のセンバツに21世紀枠で初出場し、優勝した東邦(愛知)に善戦した富岡西もエース・浮橋 幸太(3年)ら多くの選手が「その前年、日本航空石川(石川)との試合で全国レベルを体感できたことが後に生きた」と語っている。
もちろんその中心には野球ツアーなどと同様、阿南市の方々による「おもてなし精神」があることは言うまでもない。
前編はここまで。後編では「野球のまち阿南」が生んださらなる人の縁とこれからについて紹介していきます。
記事:寺下友徳