- 大学野球
2018.09.28 18:16
46年ぶり3連覇を目指す慶大を影で支える学生コーチ・泉名翔大郎
岩見雅紀(楽天)ら主力選手が卒業。さらにスポーツ制度が無いため甲子園経験者など実績豊富な選手が極めて少ない慶應義塾大だが、この春は下馬評を覆して秋春連覇を達成した。
これは、就任4年目の大久保秀昭監督(元近鉄外野手、元JX-ENEOS監督)による様々なチーム改革の成果ではあったが、それを断行するにあたっては学生コーチの存在が無くてはならないものだった。慶應義塾体育会野球部の部員数は168名。2016年から林卓史助監督が加入したとはいえ、パイプ役である学生コーチの重要性を大久保監督は説く。
「大人2人でやりたいようにやるのと、学生がちゃんと間に入ってやるのとでは全然違いますからね。学生コーチには練習を円滑に進めることや、脱落者をなるべく出さないよう、“気づける”学生スタッフであって欲しいなと思います」
秋に7季ぶりのリーグ優勝を果たした昨年でいえば「試合に出ていなくても、主将を任せてもいいような力量、言葉と行動で示せるリーダーシップがありました」と言うチーフ学生コーチ・石井康平の存在があった。
そして今年で言えば、泉名翔大郎(せんみょう・しょうたろう)がその役割にあたる。
今春のリーグ戦では、活躍した選手から「昨日は泉名さんに〜」と、ノッカーであったり、打撃投手といった形で個人練習に付き合ってもらったことを要因に挙げる声が複数聞かれた。また、Aチーム(1軍)だけでなく、BチームやCチームにも首脳陣ともども目を配るなど仕事は幅広い。
泉名の父・智紀さんは高校野球の監督を長年務める(前東京成徳大深谷、現武蔵越生)。生徒一人ひとりへの情熱を込めた指導に定評があるが、家庭内では野球を強制されたこともなく、「指導は今いるチームの指導者に」と技術指導を一切されたことはないという。
それだけに主体的に野球とは向き合ってきた。高校は慶應志木の出身だが、もともと行ける学力があったわけではなく、練習を見学し「こんなに泥くさくやるんだ」というほど、ユニフォーム汚し、どうしたら勝てるかを全員で考えて戦う姿に感銘を受け猛勉強して入学。正捕手としてチームの中心で戦い、最後の夏は4回戦でその後甲子園に出場する春日部共栄に敗れたが「“本気”を学びました」と、かけがえのない3年間となった。
大学でも捕手として入部。だが、2年春のリーグ戦前に大久保監督から学生コーチへの転身を打診された。このタイミングでの打診は慣例からするとかなり早いタイミングだったが、泉名たち現4年生は大久保監督就任と同時に入学した世代。それだけにチームを変えていくのに、重要な学年でもあった。
選手への未練はあった。東京六大学野球には1、2年生のみが出場できる新人戦(現フレッシュリーグ)があったからだ。リーグ戦での出場はもちろんのこと、まずそこで伝統あるユニフォームを纏って戦うことは下級生、特に一般入部の選手たちには大きな目標となっている。学生コーチに転身するということは、その道を諦めることを意味していた。
それでも泉名は「監督から必要としていただいたからには全うしよう。チームを日本一にしたい」と決心。打診をした大久保監督も「発信力とか周りが付いてくるかなという不安は当初ありましたよ」と正直に明かすが「不思議なものでどんどん成長していくんですよね。自らも学びながら一生懸命やるし、彼の成長とともにチームも成長して行くんです」とその成長に目を細めている。
泉名が大切にしているのは「1つの勝利にどれだけ多くの部員が入っていけるか」ということ。実際に大久保監督は就任以降、部員全員で集まる場を多く作るようにしてきた。その中で泉名ら学生コーチも必要だと感じた際に、個人面談やミーティングを行う。特にチームを牽引する存在である4年生の意識については心を砕いている。
「例えば試合に出ていなくても、数字が得意ならデータをやってもらったり、投げるのが得意だったらバッピ(打撃投手)をやってもらえたり。それぞれができることを生かしていければ、やり甲斐を持ってできるのかなと思いますし、結構各自で“これやりたい”と言ってくれています」
こうした経緯があるからこそ勝利後に「みんなのところに行った時に“ナイスゲーム!”と握手やグータッチする時が一番嬉しいですね」と語る。また、大久保監督のそばにいることで「あれだけ凄い方なのに、謙虚にずっと学んでいる姿勢がとても勉強になります」と大きな影響を受けている。
大手自動車メーカーに一般就職することが内定しており、野球に本気で携わるのは今秋が最後となる。目指すは慶大として46年ぶりとなるリーグ戦3連覇と、泉名たちがまだなし得ていない日本一だ。
「4年生の思いが結果に繋がることを実感してきたので、どれだけ覚悟を持った姿勢を(下級生たちに)見せられるのか。そういうことを大事にしていきたいです」
上に立つ者の言動がチームにどれだけ大きな影響を与えるのかを実感してきたからこそ、その言葉の一つひとつが情熱のこもったものだった。
文・写真=高木遊