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社会人野球

唯一の10位指名、ドラフト最後の男。 西口直人に期待する“甲賀”の恩師。

安倍昌彦=文
photograph by NIKKAN SPORTS

指名を受けてのコメントでは「真っ直ぐで押せる投手になりたい。 楽天の則本昂大投手のような投手に」と語った西口。

指名を受けてのコメントでは「真っ直ぐで押せる投手になりたい。
楽天の則本昂大投手のような投手に」と語った西口。

 2016ドラフトでは、昨年より1人少ない87選手が指名され、プロ野球への登竜門を迎えることになった(育成枠をのぞく)。

 最初の1人が、5球団が1位指名重複した田中正義(投手・創価大)だとすれば、今年の“最後の1人”、つまり87番目に指名を受けたのは誰だったのだろうか。

 甲賀健康医療専門学校・投手・西口直人。

 183cm80kg・右投げ右打ち、まもなく20歳になる“野球専門学校”の2年生である。

 東北楽天の10位指名としてその名を挙げられた。

「大阪の山本高校って、八尾にあるんですけど、野球じゃほとんど知られてないでしょ。でもね、高3の夏には145キロ出して、大阪のスカウトたちからは秘かに注目された子なんですよ。右の本格派になれる子です」

■建山義紀を生み出した野球の専門学校。

 甲賀健康医療専門学校・藤本政男監督と初めて会ったのは、もう15年も前になろうか。

 当時、雑誌『野球小僧』の記者をしていた私は、「野球学校の挑戦」という記事の取材で同校を訪れていた。

 プロ野球界では、日本ハムで建山義紀という右腕が中継ぎ投手として台頭しつつあった。のちにメジャーに進みレンジャーズで活躍するこのサイドハンドが、この甲賀健康医療専門学校のOBだった。

 野球を勉強する専門学校。

 プレーヤー、トレーナーを目ざす2つのコースを持ち、プレーヤー・コースには毎年20名ほどの1年生が社会人野球、プロ野球での自己実現を目的に入学してくる。

 藤本政男監督はその2代目の監督として赴任し、今季で就任20年を数える。

 PL学園で内野手のレギュラーとして活躍し、社会人野球・新日鉄堺では野茂英雄(元近鉄)とも同じチームで激戦の都市対抗を闘った生粋の“野球人”である。

■15年も前の選手の名前が、スラスラと出てくる。

 おそらく当時、この国のどこにもなかったはずの野球専門学校に、私の野球的好奇心がいたく刺激されて、甲賀の里へ足を運んだものだった。

「キャプテンでキャッチャーだった今田に末吉、大瀧に、えーと……あとは島田ですよね、サードの。座談会みたいにして、何人も話聞いてもらってね」

 15年も前の選手たちの名前が、藤本監督の口からスラスラと出てくる。

「島田、多めでお願いします!」

 甲賀での日々を語り合う座談会が終わって、部屋を出て行く部員たちの最後の1人が、急に振り返って叫んだ渾身のひと言が、今でもはっきりとこの耳に残っている。

 三塁手・島田昌憲、福岡工大城東高出身。甲賀を卒業して、社会人・光シーガルズ(元・新日鉄光)に進み、今も元気者の野球小僧のままでいるのだろうか。

■建山から2年で藤本、8年で宮田、西口までまた8年。

「建山から2年ですぐ藤本敦士(内野手・元阪神)がプロへ行って、そこから宮田まで8年かかりましたね。それで今年の西口まで、まーた8年かかりましたから」

 西口直人がドラフト指名されるおよそ20日前、藤本監督が3人目にプロに送り出した宮田和希が、投手として8年つとめた西武から戦力外通告を受けていた。

 2008年のドラフト6位。左腕から、なんともいえないクセのある球質の速球と激しい動きのスライダーを投ずるサウスポーだった。

 8年間のほとんどがイースタンでの登板だったが、それでも一軍でも中継ぎで35試合、およそ40イニング投げた8年間のプロ野球生活だ。

「なんともねぇ……皮肉な運命というのか、なんというのか」

 ほんとは、お互い、触りたくない部分だった。

「しょうがないんですけどねぇ、競争社会ですから、プロは」

 そういいながら、本当にしょうがないとは思いきれない心境が、その口ぶりにあふれている。

「宮田だって、いいもの持ってたんですよ。バッターの手元で伸びたり、スッと動いたりするストレートあって。あんなに打ちにくいピッチャー、いないですよ」

 心は、送り出した8年前に飛んでいる。

「自分のカラに閉じこもってるとこ、なかったかなぁ……。あんまり社交的じゃないんでねぇ、大阪の人間のわりに、宮田は。先輩に誘われたら、たまにはついて行って、プロで生きていくコツとかね、それとなく教えてもらって。そういうところが足りなかったのかなぁ、今、考えると」

■西口には「考える心があるかどうか」とうるさく言う。

 もっと言ってやったらよかったのかもしれんけど……。

 言おうか、言うまいか。

 相手はプロに進んだ教え子。出すぎたことをしてもいけないし。

 そんな逡巡が、あとになって、ほろ苦い悔いに転ずることもある。

「だから、西口にはうるさく言ってるんです。プロは、実力だけあっても生き残っていけるわけじゃないんだって。素質と実力は、みんな持ってますからね。考える心があるかどうか、その差が残る者、消えていく者の違いになっていきます。頭使って、辛抱強く、用心深く。体のケアも毎日時間を使ってていねいにやらんと、次の日の練習に“100”で出掛けて行けんでしょう」

 監督自身、社会人野球の第一線で長く現役を続け、プロ野球へ進んだ選手たちを何人もその目で見続けてきた。

 野茂英雄のようにメジャーで大活躍した者、日本のプロ野球でも力及ばなかった者。人生の見本は、数え切れないほど彼の前にあった。

「西口に初めて会った時、あいつ、『ボクはプロに行きたいんです! そのための進路を探してます』ってね、はっきりした言い方で返事しましてね。高校の時は、フォームが強引だったせいで、肩が痛いとかヒジがどうとか、よく言ってたんですよ。

 痛いって言っても、それが故障なのか、ちょっと使って張りが出てるだけなのか、そんなこともわかってない中で、『プロに行く』ってベクトルだけは強烈にあった。そんなヤツだから、ウチの2年間でも、ものすごく頑張り屋でした。プロでやるんや! っていう意地をね、感じましたね」

■「ドラフトは決して、実力ランキングじゃない」

 唯一の10位指名。今年のドラフト指名最後の1人。

 まったく気にしていないと、藤本監督は言いきった。

「ここの最初の1年間は徹底的に体作り。2年目の今年も、そんなに無理させてないから目立ってない。僕がスカウトでも、上位じゃ指名しないですよ。やっぱり、みんなが知ってる“有名人”は早く指名されるし、ポジションだって、バッテリー、内野手は早いし、外野手はどっちかというと後回し。毎年、そうですよね。ドラフトは決して、実力ランキングでも素質ランキングでもない。勝負は入ってからですから」

■星野仙一の「ええピッチャーやないか」にすがるように。

 ものすごく期待しているという。

「それだけの期待に値するものを持ってますよ、西口は。まだ十分に体ができていないのに、今年はスピードも149キロまで伸びたし、それ以上に速球の質がいい。社会人の一流どころ相手でも、ストレートで空振りの三振とってきてますからね、今年は」

 送り出す者の心に、1位も5位も10位もない。あるのは、一様に、先の“幸せ”を願う心、ただ1つ。

「自分をコントロールできる人間だけが生き残れるんです。活躍してるピッチャー、長生きしてるピッチャーのどこが違うんか。そこを早く理解してほしい。そこがわからんと、ウロウロするばかりやから……。間違いなく、いいものは持ってるんです。星野(仙一・楽天副会長)さんかて、ええピッチャーやないか、言うてくれたらしいですよ、西口のビデオ見て」

 正直、すがるような思いもあるはずだ。

 教え子を語る監督・藤本政男の口ぶりが、15年前の取材のあの時よりだいぶ丸く、やさしくなったように思えた。

 野球専門学校にも、“秋”がやって来ていた。