- プロ野球
2017.07.21 17:00
柳田悠岐の“フライボールレボリューション”
■フライ増加という“突然変異”
1415試合で3559本塁打。今年のMLBの本塁打ペースは1試合あたり両軍合わせて2.52本で、歴史的な多さとなっている。ニューヨーク・ヤンキースに所属する田中将大も19試合の先発で被本塁打24を記録しており、後半戦に差し掛かった段階でキャリアワーストに近い数字だ。この全体的な本塁打増については、公式球が変わったと証言する投手も多いが、打者がフライを打つ意識を高めていることも一因とされており、現地では“フライボールレボリューション”と表現されている。
このMLBのトレンドを知ってか知らずか、NPBでも今年からフライ打球を大幅に増やした選手がいる。ソフトバンク・柳田悠岐だ。上のグラフは柳田のフライ割合の推移を示したもので、今季は昨季までとは別人のようにフライ打球が増えている。
この柳田のフライ割合上昇は、過去数年を見ても極めて珍しいものといえる。というのも、一般的に打球角度の傾向は各選手の特性といっても良いほど、あまり変化しないものだからだ。ここ10シーズンの間に2年連続で規定打席に達している延べ326選手を対象とし、前年と当年のフライ割合を見てみると、その相関係数は0.8699と強い相関が見られた。これは、フライの少なかった打者は翌年もフライが少ない傾向にある、ということを意味する。表1にまとめた差を見ても、上昇幅が10ポイントを超えている打者はほとんどいなかった。ここまでの柳田が見せているフライ割合の上昇は、普通の現象ではないといえるだろう。
ちなみにフライ割合を時系列で詳しく追っていくと、その増加は5月から顕著になっていた(表2参照)。柳田は今季からソフトバンクに復帰した川崎宗則にスイングのアドバイスを求めたという報道もあったが、川崎が一軍に合流したのが4月28日のこと。柳田のフライ増加と川崎の一軍合流の時期に、符合が見られるのは興味深い。
■「ゴロ」ヒッターからの脱皮
さて、柳田のフライが大幅に増えているという話をしてきたが、現状のフライ割合でもNPBのトップクラスというわけではない。むしろ過去の柳田が強打者と呼ばれる選手の中では珍しい、フライの少ない打者だったということを見ていきたい。
上の散布図は過去3年間の規定打席到達者を対象に、横軸に打者の純粋な長打力を示す指標であるISO、縦軸にフライ割合を取ったものだ。右側に位置するほど長打力があり、上側にいるほどフライの多い打者ということになる。この図からも分かるように、基本的に長打力のあるバッターはフライを打ち上げる割合が大きい。しかし、柳田は例外的なゴロの多いスラッガーで、非常に異質なタイプであることが分かる。
もちろん柳田の場合はゴロでも打球が速くヒットになることは多いが、それでも打球が内野手の間を抜けるかどうかは運の要素にも左右される。加えて、昨季は柳田シフトを敷かれるなどの対策を講じられたことに、本人も思うところがあったのかもしれない。そういう意味でも、今季の打球傾向は柳田にとって非常に大きな変化といえそうだ。
■パワーを発揮するゾーンは降下
ここからは、柳田が具体的にどのコースでフライを増やしているのか、もう少し詳細に探ってみたい。そこで25分割のヒートマップ形式でフライ割合を表現したのが上の図だ。黒い太枠の内部がストライクゾーンで、フライ割合が高いほど赤く示されるようになっている。これを見ると、柳田のフライ打球増加は主にインコースにおいて起きていることが分かる。
そしてフライを打ちやすいスイングにモデルチェンジした影響もあるのか、長打力を発揮できるゾーンにも変化があった。以前と今季を比較すると、柳田のホットゾーンは全体的に低めに変わっているようだ。6月3日のDeNA戦では、平良拳太郎が外角低めに投じたボール球のシンカーに体勢を崩されながらもレフトスタンドへと運んでいる。バットに当たったとしても引っかけてゴロになりそうなボールではあるが、打ち上げさえすれば長打の可能性が生まれる。この一発は柳田の進化を象徴するものだった、といってもいいだろう。
ここまで柳田のフライ打球増加について紹介してきたが、これは柳田の成績にも影響している。オールスター戦の中継では「ゴロを打たずフライを打つようにしたら、ホームランが増えました」と本人が語ったように、ホームランのペースは34本塁打を記録した15年を上回るものだ。もちろん選手の全員が柳田ほどのパワーを持っているわけではないが、どのようなバッターでも長打の可能性が低いゴロを最初から狙うのはもったいない。ゴロを打つように、という教えがいまだ根強い日本球界にあって、異なる発想でバッティングに取り組むのも1つの手法だろう。
NPB通算404本塁打を誇る中村紀洋氏を非常勤コーチに迎えた浜松開誠館高校では、同氏が「フライを狙え」と指導しているように、一部では長打を意識したスイングを志向する指導者も増えてきている。日本球界にも“フライボールレボリューション”の波が迫りつつあるのかもしれない。
※データは2017年7月19日現在
文:データスタジアム株式会社 小林 展久