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野球の音を聴け 松井秀喜にとっての原点

 【君島圭介のスポーツと人間】私事だが小3の息子がテニスに夢中だ。幼少の頃から何かスポーツをしてほしいと、自分が使っていた古いボクシンググローブで真似事をさせたが、興味は続かなかった(父親を殴るのは楽しそうだったが……)。野球やサッカーにも誘導してみたが、無駄だった。

子供たちにホームランを披露する松井氏

 自分で選んだのがテニスだ。週1回だった練習も今では週5回。空いた日も練習試合に出かける。テニス素人の私は寂しい思いもしたが、専門誌が「サーブの練習には野球のキャッチボールが最適」と薦めている。喜び勇んでグローブを購入し、テニスボールでキャッチボールを始めた。親子のキャッチボールに胸は躍ったが、息子はつまらなそうだ。

 ある日、野球の軟式球を使ってみた。息子のテンションが違う。「楽しい」と言う。何が違うのか。「いい音がする」とはしゃいでいる。テニスボールとは違う、びしっという重い捕球音が心地いいらしい。

 ヤンキースなどで活躍した松井秀喜氏が、6月の終わりに都内で野球教室を開いた。対象が親子というのがこだわりだ。松井氏が自ら打撃投手を務めたときは、子供以上に親が興奮してバットを振っていた。

 教室の最後に質問コーナーが設けられた。参加した小学生から野球を始めたきっかけを聞かれると、松井氏はこう答えた。

 「映画のフィールド・オブ・ドリームスじゃないけど、父親とのキャッチボールが僕の原点です。つながっていってくれたらいい」

 野球映画の傑作。「信じられるかい? 米国人の子供が父親とのキャッチボールを拒否するなんて……」。ケビン・コスナー演じる主人公が父親との関係が悪化した思い出を語る。そして、「父さん。キャッチボールをしないか」と誘うラストシーンには涙が止まらなくなる。

 松井氏が野球教室の対象を親子にした理由が分かった気がした。子供たちには野球の楽しさを伝え、親たちには「お子さんと過ごす時間をたくさん作って下さい。そして、お子さんとキャッチボールをしてあげて下さい」とお願いした。

 日米通算2504試合に出場し、507本塁打を叩き出した野球人生の原点はキャッチボールだという。きっと父親の力強いボールを初めて捕球したときの音が、今も耳に残っているのだろう。4歳と0歳の男の子の父親でもあるが、まだキャッチボールを楽しめる年齢ではない。「全然していない。これからの楽しみにとっておく」と目尻を下げた。松井氏のそんな表情は見たことがなかった。

 キャッチボールの楽しさを知った私の息子だが、やはりラケットの方が好きらしい。時間があれば「ラリーしよう」とせがんでくる。これも親子のキャッチボール。ずっと息子に誘ってもらえるように私もテニスの腕を磨こう。 (専門委員)

 ◆君島 圭介(きみしま・けいすけ)1968年6月29日、福島県生まれ。東京五輪男子マラソン銅メダリストの円谷幸吉は高校の大先輩。学生時代からスポーツ紙で原稿運びのアルバイトを始め、スポーツ報道との関わりは四半世紀を超える。現在はプロ野球遊軍記者。サッカー、ボクシング、マリンスポーツなど広い取材経験が宝。