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2017.07.02 12:00
【THE INSIDE】古豪の再生作業に取り組む小山高校…気がつけば、甲子園の栄光も古の話
今から41年前の1976(昭和51)年、「第48回選抜高校野球大会」で準優勝を果たした小山高校。
古くからの高校野球ファンであれば、小山高校という名前とともに、同年夏に原辰徳(元巨人監督)らを擁した強力打線を看板とし、高校野球の新時代を示したかに思われた東海大相模を完封したということを思い出す人も少なくないであろう。
栃木県内では作新学院、宇都宮工に続いての甲子園決勝進出校(その10年後には宇都宮南も決勝進出)となった。
言葉の定義ではないが、高校野球で「古豪」と呼ばれる存在は、県内での実績もさることながら、甲子園でもある程度の実績を残しており、その栄光から久しくなっている学校を指すことが多い。そういう意味では、過去に春2回、夏4回の甲子園出場実績があり、準優勝1回。通算5勝6敗という実績がある小山こそ“古豪”に値する。
クラブハウス入り口には、古豪らしい歴史を刻む看板も
最も近い甲子園出場が2003(平成15)年夏で、その前が1994(平成6)年だ。しかし、このところは上位進出もなく、この春6年ぶりのベスト8に進出して久しぶりのシード権を獲得したくらいだから、古豪復活にはなっていなかった小山である。
そんな小山に昨年春、宇都宮清陵から異動してきた斎藤崇監督は、「伝統は大切だけれども、守るものではなく新しく紡いでいってこそ意味がある」という思いで取り組んでいる。従来の因習などを打ち破りながら、宇都宮清陵時代から掲げている「もがけ」という言葉をテーマとして、選手も指揮官ももがき苦しみながら、新たな伝統作りに取り組んでいる。
斎藤監督自身は、強かった小山を知る世代ではあるが栃木県出身者ではない。神奈川県出身で、かつて春2度の甲子園出場実績があり、2年上には若田部健一投手(ダイエー・横浜)などがいた鎌倉学園出身の湘南ボーイなのだ。その後、國學院大學へ進み、卒業後は4年間一般企業で過ごした。
それでも、高校野球の指導者を目指して再度夜間で大学に通い直して、教職資格を取得。縁あって栃木県の地歴公民の教員として採用された。こうして、海のない栃木県人になることになった。非常勤講師時代に小山西のコーチを経験して後、芳賀で3年、創設まもない宇都宮清陵では11年間、グラウンド整備からはじめて熱心に指導してきた。「たまたまの、ビギナーズラックですよ」と笑うが、2006年秋季県大会では準優勝を果たし、関東大会にも進出を果たしている。
ネット裏には、朝早くから訪れる古くからのファンの姿も
甲子園準優勝の実績もある伝統校でもあり、そのことも意識はしたと言うが、「近年は、ほとんど大会でも上位で名前を聞くことがなかったので、どうなっているんだろうなぁとは思っていました」というのが本音だった。斎藤監督から見たら、恵まれた環境の中で、のんびりぬるま湯につかっているように感じられた。だから、まずはその意識改革から取り組まなくてはいけないだろうという意識になった。
自主性は大事だけれども、放任するのではなくて、ある程度は指導者側から言って聞かせて、そこでわからせた上で自分から立ち向かっていけるような意識を作り上げていくこと。そういった姿勢が本当の自主性であると思い、その姿勢を求めていっている。だから、意識としては、古豪を復活させるというよりは、再生させていかなくてはいけないという思いである。
土日は基本的に練習試合を組んでいるのだが、大会も近い6月末のこの日、水戸商から異動した野澤哲郎監督の下で、地道ながら基本に忠実で打線もコンパクトに振りこんでくる日立商。さらには、ヤクルトの秋吉亮などを輩出して、東京都立校では中堅以上の位置づけで一目置かれている存在の足立新田の両校を招いての試合だった。いわゆる変則ダブルでの3試合は次のような結果だった。
●6月24日(土)小山高校グラウンド
結果としては、どちらも小山としては先取点を挙げながらも逆転されて敗れた。特に足立新田との試合では、相手の清水友喜君の立ち上がりを捕まえたものの、2回に逆転されると、3回には堤君に2ランを浴びるなどして気がついたら大量点を奪われていた。それでも、8回には、1年生の本野投手を攻略して5点を追い上げた。もっとも、斎藤監督は、それにはまったく満足していなかった。
試合後、斎藤崇監督の話を聞く小山ナイン
「選手たちの中には、2点差まで追い上げたと思っているヤツもいるかもしれませんが、そんなことよりも前に、大会だったら7回コールドゲームで終わっている試合なんですよ。そういうことをちゃんと考えて、取り組んでいく姿勢がまだまだないんです」と、夏へ向けて一つひとつの試合の結果も厳しく噛みしめていた。
足立新田の小野将幸監督は、「今年のチームは、力がないわけではないと思うのですが、たまたま秋も春も1次予選では延長の末に負けてしまっています。公式戦で勝っていないので、どこか自信がないところがあるのかもしれません」という思いもあった。それだけに、勝つことに対して、意欲的になっていくことが求められていた。
「赤字になりながらも各地で遠征していくことには意味がある」と考えて取り組んでいる小野監督にとっては、伝統校の雰囲気を味わいつつ、そこでひとつの結果を出せたことはそれなりに納得のいくものになったようだ。
夏本番間近。それぞれの学校がそれぞれの思いで最後の調整に励んでいる。こうしてまた高校野球は、ひとつずつ日々の歴史を積み重ねていくのである。