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プロ入り10年目の初勝利「応援してくれた両親、仲間に本当に感謝」 村田透(北海道日本ハムファイターズ)

初勝利の村田透投手(北海道日本ハム)【写真提供=共同通信社】

日本初勝利の涙のヒーローインタビューが、そこに到達するまでの苦労を物語っていた。
「結果が残せなくてはがゆい気持ちでした。そんな中でも応援してくれた両親、仲間に本当に感謝です。」

 大阪体育大学3年時、全日本大学野球選手権で最高殊勲選手賞を獲得。大学球界での評価を獲得すると、2007年秋ドラフト会議にて巨人軍から「栄光の1位指名」を受けた。自身も憧れる同大学出身の上原浩治選手と同じ巨人への1位入団(※上原選手は逆指名で入団)に「上原2世」と周囲の期待も高まった。

しかしプロ入り後、ルーキーイヤーから一度も一軍登板を果たすことができずに、ドラフト1位指名ながらわずか3年の2010年に戦力外通告を受けた。
同年オフに12球団合同トライアウトに挑戦するも獲得球団はなく、MLB・インディアンズにマイナー契約で拾われる形となった。

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渡米後はその潜在能力を徐々に発揮し、マイナーリーグでローテーション入りを果たすとオフには中南米のウィンターリーグに参加するなどして野球選手としての実力を着実に身につけていった。
 そして渡米から5年目の2015年6月28日、ダブルヘッダーに伴うロースター枠拡大の特別措置で「オリオールパーク アットカムデンヤーズ」にてついにメジャーデビューを果たしたが、翌日マイナー降格となりこれがメジャーでの唯一の登板となった。

 2016年シーズンも、マイナーAAA級で33試合に投げ、9勝4敗4セーブ防御率3.78の好成績を挙げるもメジャー昇格はならず戦力外に。そんな中、渡米後の活躍に注目していた北海道日本ハムファイターズが獲得を表明し、再びNPB球団のユニフォームに袖を通すこととなった。

 日本ハムの入団会見では「ただ勝利に貢献したいという気持ちだけ」と語った村田。ドラフト1位選手として入団して今年で「プロ入り10年目」。逆境の中でも前だけを向き続けた男が、日本復帰7試合目にしてようやくその手に初勝利を掴み取った。

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