- プロ野球
2019.08.16 12:00
ボールの回転や変化に目を奪われすぎていないか【NISSAN BASEBALL LAB】
トラックマンをはじめとする計測ツールの普及により、ボールのノビやキレといった“球質”に高い注目が集まっている。一方で、その球をどこに投げるかという“コントロール”の要素が置き去りにされている場面も少なくないように感じる。
もちろん、球質はプレーの結果を決定づける上で非常に重要だし、これまで人間の目では解明することが難しかった部分でもあるだけに、テクノロジーの進化とともにその存在価値が高まるのは自然なことだろう。しかし、それはあくまで投球の良し悪しを評価するための要素の一つに過ぎないということを忘れてはならない。
たとえ球質が良くても、ど真ん中に投げれば打たれるリスクは高まるし、逆に球質が悪くても、ストライクゾーンのコーナーに投げれば打たれる確率は低くなる。そもそも、ストライクゾーン内あるいはその付近に投げなければスイングさえしてもらえず、ボールが増えていくだけというパターンもある。プレーの結果を説明する上で、コントロールは無視することができない要素だ。
■甘い球はどれくらい打たれやすいのか
どこに投げるかによってプレーの結果が変わるという事実を確認するために、過去3年のNPB公式戦データからゾーン別のスタッツを計算してみよう。ゾーンの区分は、投手や打者の左右など条件を加えると複雑になりかえって理解しづらくなるため、MLBのStatcast(ボールや選手の動きを追尾するデータ解析システム)で採用されている『Attack Zone』を使うことにした。
データスタジアムが取得する投球位置のデータはオペレーターの目視によるものであり、Statcastに比べれば精度は劣る。また、伝統的なスコアラー文化にならったフォーマットを使用しているため、ボールゾーンの広さが現実と異なるなどいくつかの不都合はあるが、本家のAttack Zoneと極力同じような分布になるように区分を調整した。そのイメージと各ゾーンの説明を次に示す。
これをNPB版Attack Zoneと定義し、以降の分析を進めていく。少し前置きが長くなったが、先述した過去3年のデータをもとにしたゾーン別のスタッツは次の通りだ。
HeartゾーンとShadowゾーンでは長打率に明らかな差が見られた。真ん中付近に投げれば打たれるリスクが高くなる、ということの証明としては十分だろう。真ん中付近に投げるような投手は球質も悪いから、それが長打率に影響しているのではないか、という反論もできなくはないが、3年間で2400球以上を投げた104人の投手を個別に見ても、HeartゾーンよりもShadowゾーンの長打率が高い投手は一人もいなかった。
もっとも、長打率が高いからといってHeartゾーンに投げるべきではない、というのは早計だ。ストライクを稼ぐためにはある程度Heartゾーンにも投げる必要があり、打たれるリスクを恐れてShadowゾーンばかりを狙っていては、結果的にChaseゾーンやWasteゾーンへの投球が増え、カウントを悪くしたり、四球を与えるケースが増えるだろう。
■各ゾーンへの投球はどれだけ失点を減らすか
打たれるリスクとストライクを稼ぐことによる利得を複合的に評価するために、ここで得点価値というやや難解な指標を用いる。これは、セイバーメトリクスの考え方に基づき各ゾーンへの投球を得点に換算したもので、1球投げるごとに発生するカウントの変化や打席結果に応じて、その投球がチームの失点をどれだけ減らす働きをしたかを計算している。
例えば、Heartゾーンの得点価値は0.014となっているが、これはHeartゾーンに1球投げるごとにその後のチームの失点が平均0.014点減ることを意味する。打たれるリスクが高い反面、スイングされなければ確実にストライクとなるため、得点価値としてはプラスの評価となっている。
最も得点価値が高いのはShadowゾーンで、一定のストライク率と打たれづらさを両立している点が失点を減らす効果を大きくしている。逆に最も得点価値が低いのはWasteゾーンで、いわゆる「明らかなボール球」であるためほとんどスイングされず、高確率でカウントの悪化につながっている。投手にとってはなるべく避けたい投球と言えるだろう。
また、球種別でも同様に得点価値を求めてみたところ、フォークやチェンジアップは他の球種に比べ、Shadowゾーンに投げられるか否かで得られる成果が大きく変わってくることがわかった。より細かいコントロールが必要とされる球種であるということだ。
カウント別でも同様に出してみると、ストライク数が増えるごとにHeartゾーンへの投球の危険性が高まっていることがわかる。打者のスイング率の上昇に伴って、投手はより厳しいゾーンに投げなくてはならないということだろう。
■際どいゾーンにどれだけ投げられるか
球種やカウントによって違いはあるものの、全体をおしなべて見ると失点を減らす効果が大きいのはShadowゾーンへの投球であることがわかった。では、各投手はこのゾーンにどれくらいコントロールできているのだろうか。また、それによってどのような成果を得ているのだろうか。次の表では、2019年のデータから、全投球に占めるShadowゾーンの割合が多い投手、少ない投手を並べている。
見ての通り、トップの野村祐輔(広島)と最下位の今井達也(西武)では15ポイントほど差が開いている。また、上位10名は長打率が低い投手が多く、下位10名は長打率が高い投手が多い。必ずしもコントロールの影響だけではなく、それこそ球質が大きく関わってくるが、際どいゾーンにコントロールできる投手は、打たれるリスクを低く抑えられているということが読み取れるデータだ。
さらに、四球を与える割合(四球÷打席)でも上位投手の方が良い数値を残す傾向にある。Wasteゾーンへの投球割合にその要因を垣間見ることができるが、下位投手はいわゆる「ストライクとボールがはっきりしている状態」で、四球が増えるだけでなく打者にとっても狙い球を絞りやすい状況となっていることが推測される。
■何事にも大切なのはバランス
コントロールの重要性はこれまでも深く認知され、「甘い球は打たれる」ことや「明らかなボール球はスイングされない」ことは特に目新しい発見ではないだろう。しかし、冒頭で述べた通り、トラッキングデータの登場によって球質への注目度が高まり、どこに投げたかという情報が見落とされがちになったことも現実ではないだろうか。
もちろん、球質が重要でないと言っているわけではないし、さらに深く見ていけば球質とコントロール以外にも投球フォームや緩急、配球など、ピッチングを構成する要素はたくさんある。これら全てに目を配らなければ、ホームプレート上で起きた事象を正しく説明することはできないだろう。
どれかひとつの要素に目を奪われるのではなく、全体を俯瞰した上でそれを構成する要素をバランスよく見ていく。投球に限らず、忘れてはならない心構えの一つと言える。
※データは2019年8月13日時点
文:データスタジアム株式会社 山田 隼哉