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プロ野球

[プロ野球亭日乗]大谷翔平を日本シリーズから「消せ」。 初戦の先発に黒田博樹を推す理由。

鷲田康=文 text by Yasushi Washida
photograph by Takuya Sugiyama

時速165キロの豪速球はバッターにとって、もはや異次元の世界。 ちなみに世界最速記録は、MLB公認記録で169キロ (アロルディス・チャップマン)である。

時速165キロの豪速球はバッターにとって、もはや異次元の世界。
ちなみに世界最速記録は、MLB公認記録で169キロ
(アロルディス・チャップマン)である。

大谷翔平は今年の日本ハム快進撃のアイコンである。

 クライマックスシリーズではファイナルステージ初戦に先発して勝利投手になると、第5戦では指名打者から9回にリアル二刀流のクローザー登板して初セーブを記録。しかもそのマウンドでは日本最速の165㎞でファンの度肝を抜いた。

「あれだけ僕らが一生懸命練習しているのにね。何だかバカバカしくなってきました」

 漫画を超えた超現実の活躍にシリーズMVPの中田翔すら、こう語って苦笑いを浮かべるしかなかった。それほど別次元の存在としてチーム内だけでなくファンに信頼され、そして対戦する相手チームを圧倒しているのである。

 いよいよ開幕する日本シリーズ。

 スポーツ紙では、多くの評論家が日本ハム有利を予想している。その最大の根拠もまた、日本ハムには大谷がいるということなのである。

 逆に言えば対戦する広島にとってのシリーズ最大のテーマは、二刀流・大谷翔平に対してどう対処するか。

 投手・大谷をどう攻略し、打者・大谷をどう封じるかに集約される。ここをしっかり抑え切れば、シリーズの戦いを優位に運べる可能性が高いということになるのである。

■「シリーズは3つ負けられる。いかに3つ負けるかの戦いだ」

 そこで1つの方法として考えられるのが、大谷とは戦わないという発想だ。

「シリーズは3つ負けられる。いかに3つ負けるかの戦いだ」

“短期決戦の鬼”と言われた元西武監督の森祇晶の言葉である。

 このシリーズなら広島・緒方孝市監督が大谷の先発する2試合は、ある程度、負けを計算した上で、さらにもう1つ負けられると考えるということだ。そうしてトータルで4つ勝つ、その計算をどう巡らせるかということである。

■日本シリーズのローテーションを予測してみる。

 現時点で最有力とされる両チームのローテーションは以下の通りである(左が広島、右が日本ハム)。

第1戦 ジョンソン vs. 大谷
第2戦 黒田 vs. 増井または有原
    < 移動日 >
第3戦 野村 vs. 有原または増井
第4戦 福井または岡田 vs. 高梨
第5戦 ジョンソン vs. 加藤
 移動日
第6戦 黒田 vs. 大谷
第7戦 野村 vs. 増井または有原

 ここでの1つのポイントは広島は中4日で先発を回すが、日本ハムは大谷を二刀流で使うため、逆にそれが足かせになってできないということだ。

■勝ちを一番計算できるジョンソンをどこで使うか?

 メジャーのポストシーズンではドジャースのクレイトン・カーショーが10日間で3先発を含む4度のマウンドに上がってファンを狂喜させた。ポストシーズンはアドレナリンも出まくり、ある意味、通常のシーズン中とは疲労度も違う。肩肘に多少の負担をかけてもその後にゆっくり休めるのでムリもできる。だからこの中4日案は決して無謀なものではないし、現実に広島は昨年のシーズン終盤にはクリス・ジョンソン、野村祐輔が中4日で先発して勝ち投手にもなっている。

 そこで一番勝ちの計算できるジョンソンを有効に使う手段として、このローテーションがあるわけだ。

 ただ、3つ負けられると考えたとき、もう1つ、ちょっと違う先発の組み方があるのも確かである。

 勝ちを計算するジョンソンをあえて初戦で大谷とぶつける必要があるのか。むしろ第2戦に回して、初戦はあえて“探り”の試合にする発想があってもいいということだ。

 そう考えたときに広島にはうってつけの先発がいる。シリーズ開幕直前の18日に、今季限りでの現役引退を表明した黒田博樹である。

 日本ハムが大谷という勝利のアイコンを初戦に先発させてシリーズの流れをつかもうとするなら、広島にとっての勝利の最大のチームアイコンはこの男しかいないはずだ。

■黒田引退の発表で、日本Sでの流れを逆に引き寄せた。

 シリーズ直前の引退表明に賛否はあるかもしれない。本人が発表を躊躇した理由もそこにあった。ただ、逆にシリーズを睨んだとしても大谷一色になりそうなムードを、これで広島に引き寄せたことは大きかった。

 しかも、これで初戦に黒田が投げれば、マツダスタジアムはより熱狂的に盛り上がる。

 戦術的にも、黒田なら改めて日本ハム打線の実戦データを収集したり、ツーシームを使って2戦目以降に残像を残すような内角中心の配球など、ベテランならではのピッチングが期待できる。チームにプラスを引き出せるし、それだけの力があるはずなのだ。

■大谷の先発試合で負けることが前提ではない。

 かつて黄金時代の西武がシリーズ開幕戦に、あえて当時のエースだった渡辺久信らを起用せず、コントロールがよくシュートが武器だったベテランの東尾修を投げさせた。それと同じ発想だ。

 要は3つ負けられるなら、初戦はあえて勝ち負けにこだわらずにシリーズトータルを見据えた試合をする。それができる投手を開幕戦に指名するということである。

 もちろん黒田vs.大谷で勝てば、それこそ広島が圧倒的に優位になる。もし敗れても次にはジョンソンがいる。そして2勝3敗で広島に戻ってくるケースでも、今度こそ大谷にジョンソンをぶつけて勝負ができるし、逆に王手をかけて戻ってきてもジョンソンがいて、最終戦にも野村がいる。そうなれば黒田のリリーフ待機もできるという配置だ。

 もちろん大谷の先発試合で負けることが前提ではない。

 ただ、負けても計算の上で4つ勝つというシミュレーションがしっかりできていれば、この敗北は単なる1つの負けに過ぎなくなる。

「大谷くんで負けるのは覚悟の上。むしろきょうは色々なことができて、今後のシリーズに向けて収穫の多い試合だった」

 敗れても緒方監督がこう語れれば、チームとしてシリーズを戦っていく上でのダメージはほとんどないはずなのである。

 もし負けたときに、やられた感が出てしまえば大谷は打席でも乗る。そして大谷が乗ればチームも乗ってしまう。

■大谷の打席にストライクはいらない。勝負はしない。

 とにかく肝心なのは、大谷を乗せないことなのである。

 言い方を変えれば「大谷をいかに消せるか」がこのシリーズの焦点なのだ。

 だから打席の大谷にはストライクも必要ないだろう。走者がいなくても勝負はしない。打ちたくても、打つ機会も与えないくらいの徹底も必要かもしれない。そうして相手のアイコンを消すことにより、大谷をイラつかせ、焦らせ、平常心を奪う。そういう嫌らしい野球ができるのも、広島の伝統であるはずだ。正攻法のガチンコももちろんありだが、こういう野球もまた勝つためにはありのはずだ。

 もちろん開幕戦の先発はジョンソンが有力かもしれない。もちろん広島はチームとしても大谷封じに様々な策を練っているはずでもある。その中で緒方監督が若い頃に経験した赤ヘルの野球を思い出し、どう二刀流・大谷を投打で“攻略”するか。そこが今年の日本シリーズの大きな焦点であることだけは間違いない。