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社会人からメジャーへ 吉川峻平、歩む感謝の“田沢道”「成功の前例があったから…」

 社会人野球のパナソニックに所属していた昨年のドラフト1位候補で、日本のプロ野球を経ずにダイヤモンドバックスとマイナー契約を結んだ吉川峻平投手(24)が、本紙の単独インタビューに応じた。右腕は4月下旬からダ軍傘下の1Aバイセリアに合流。渡米後、同じく社会人から直接メジャーへの道を選んだ田沢純一投手(32=カブス傘下)と対面を果たしたという右腕の「現在地」に迫る。(奥田秀樹通信員)

4月30日に1Aで登板した吉川

 ――3月のマイナーキャンプから延長キャンプを経て、1A(ハイA)に配属された。米国はキャンプで若手の育成に厳しい球数制限をしている。

 「投げる量はパナソニック時代のキャンプの1週間の量と、こっちの1カ月が一緒くらい。パナソニックでは(1週間)1000球がノルマでした。だからキャンプトータルでいうと何百球と違う」

 ――物足りなさは。

 「社会人野球は一時期に集中すればいいし大会が終われば休めるから満足いくまで投げていました。こっちはシーズンが長いし、ほとんど毎日試合。投げ足りないから嫌というのは僕はないし、こっちに適応しないと」

 ――マイナーの層が厚く、世界中から才能ある選手が集まる。

 「体の大きさ、パワーはかなわないですけど、技術は全然劣っていないと思います。僕はこっちに来るにあたって日本の野球は捨てるつもりでいました。同じ野球とはいえ、全く違うものだと思っていた。ところが、こっちのチームは技術を気にしている。日本で教わってきたことがこっちで生きている」

 ――関大北陽時代は無名の存在だった。

 「大学(関大)時代もです。大学の監督には毎日“練習せい。練習せい”と言われた。“おまえは自分の腕で何億と稼げる選手に絶対になるんや”と。でも当時の僕はただ“はい”と返事するだけ。それが、大学4年生で日本代表に入れてもらった。周りはプロが当たり前の選手たち。僕は社会人が決まっていたけど、満足している場合じゃないのかな、もっと上を目指すべきではないのかと」

 ――意識が変化。

 「野球に真剣に向き合おうと決断した時、勝手にアメリカで引退することを目標にしたんです。アメリカに行ってメジャーで引退までプレーしよう、と。野球への取り組み方について考え直していたころ、よく見ていたのが田中将大さん(ヤンキース)やダルビッシュ有さん(カブス)の動画。見ているうちにスケールの大きいメジャーの打者とか、守っている野手に目がいくようになった。メジャーの野球自体を見るのが楽しく、憧れるようになりました」

 ――日本のプロ野球を経ずに渡米した

 「日本のプロに行けたかどうかは分からないですけど、日本のドラフトを待つか、自分の意思でアメリカに行くと決めるか(の選択)。チームには迷惑をかけてしまいましたけど、わがままを通させてもらった」

 ――社会人からメジャーに飛び込んだ先輩に田沢(新日本石油ENEOS=現JX―ENEOS=からレッドソックス)がいる。

 「キャンプ中にお話をさせていただく機会があり、マイナーの野球のレベルとか、野球観とか、いろいろと教えていただきました。10年間こっちでプレーして、(13年に)ワールドチャンピオンにもなった。経験してきた人ならではの風格を感じました」

 ――自身もアマから直接米球団へ進んだ選手に対しての“田沢ルール”の該当者に。

 「ルールはもちろん知っていたけど、決める時の悩む材料にはならなかった。むしろ田沢さんが社会人から来て成功する前例をつくってくれたからこそ、ここに来られた。本当に感謝しています」

 ――ダ軍2Aのジャクソンに上がった場合は、10時間以上のバス移動もある。

 「5カ月で150試合程度をこなし、ミールマネー(日当にあたる食事代)も少ない。食事もおいしくないと聞きます。でも、僕はそういう道を自ら選んだし、何かしら今後の人生にも生きるはずなので、しっかりやっていくつもりです」

 ――住む場所と食事が用意されている日本の2軍選手とは違う。

 「過酷だと思うのはお金がないのにお金をかけさせられるところ。給料が月に20万円もいかないのに、住む所は自分で探さないといけないし、体のことを考えれば食べ物にもお金を使わないと」

 ――自信は。

 「(身分がある程度保障される)インターナショナル枠で取ってくれたのはスカウトの方だったり、チームのスタッフが、技術的に行けると判断してくれたからだと思う。まだまだ成長しないといけないけど、そこは自信を持ってやりたい」

 ≪田沢ルール≫ドラフト対象アマ選手が指名を拒否し海外でプレーした場合、NPBでプレーするにはドラフト指名される必要があり、大学生・社会人は帰国後2年間、高校生は3年間、指名が凍結される。08年9月に田沢がドラフト指名を拒否して大リーグ球団と契約を目指す意向を表明したことを受け、12球団の申し合わせ事項として承認。通称「田沢ルール」とも呼ばれている。ドラフト漏れした選手は対象外。

 ◇吉川 峻平(よしかわ・しゅんぺい)1995年(平7)1月24日生まれ、大阪府吹田市出身の24歳。関大北陽では1年秋から正遊撃手で、2年夏から本格的に投手転向。関大では3年春から本格的に登板した。パナソニックでは1年目の17年都市対抗1回戦で14奪三振完投勝利。16年日米大学野球日本代表。昨年8月に契約金65万ドルでダイヤモンドバックスとマイナー契約。1メートル85、80キロ。右投げ右打ち。持ち球は直球(最速148キロ)とチェンジアップ、スライダー、カーブ。

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