侍ジャパン

未来は常に過去を変えている…WBCで闘う内川聖一

 【鈴木誠治の我田引用】わたしは「情の采配」が嫌いではない。

2次ラウンドのキューバ戦で8回1死一、三塁から代打・内川(右)は右犠飛を放ちベンチで松田と抱き合う

 野球の国別世界一決定戦、ワールドベースボールクラシック(WBC)で、日本代表の侍ジャパンが準決勝に進出した。第1、2回大会を連覇したが、2013年の第3回大会は準決勝で敗退した。第4回大会の今回、目指す王座奪還まで、あと2勝に迫った。

 1、2次ラウンドの計6試合で、ひときわ大きな拍手を送られていると感じる選手がいる。28選手の中で唯一、09年の第2回大会から3大会連続出場となる内川聖一選手だ。背景には、前回大会準決勝のプエルトリコ戦がある。1-3で迎えた8回1死一、二塁の日本の好機で、打席には4番の阿部慎之助選手が入った。チームは相手投手のモーションが大きいとの情報を共有しており、ベンチは「行けたらダブルスチール」のサインを出した。一塁走者の内川選手がスタートする。だが、二塁走者の井端弘和選手は自重した。行き場を失った内川選手はタッチアウト。敗戦後、人目をはばからず号泣する内川選手の姿が、テレビ画面に映し出された。

 試合直後、「自分のプレーですべて止めてしまった」と内川選手は背負い込んだ。それから今大会までの4年間、きっと何度も同じ質問を受けたと思われるが、内川選手は多くを語らず、チーム最優先を前置きしたうえで、「前回大会の悔しい思いを、自分でどうにかしないといけない」と話してきた。

 人は変えられるのは未来だけだと思い込んでいる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えているんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。

 平野啓一郎氏の小説「マチネの終わりに」に出てくる一文だ。愛し合う男女が、他者の悪意を発端とする誤解と複数の事情の重なりで別れてしまうが、年月を経て再び結ばれる。その時、過去の景色は全く違う色に見える。

 さて、「情の采配」。侍ジャパンの小久保裕紀監督は13年のシーズン後、内川選手に「(4年後も)WBCに選ばれる選手でいてほしい」と電話したという。もとより内川選手はそのつもりだったと思うが、これほどありがたい言葉もなかっただろう。そして、今大会2次ラウンドのキューバ戦、5-5で迎えた8回1死一、三塁の場面で小久保監督は、この試合2安打で、大会を通じて5割の打率を残していたラッキーボーイ、小林誠司選手に代えて内川選手を打席に送った。

 たぶん、多くの野球関係者とファンが、この代打に驚いたと思う。小久保監督自身も「迷った」と証言した。しかし、驚いた人の多くは、監督の思いを理解し、内川選手を祈るように見つめたのではないだろうか。東京ドームに沸き起こった少し異質な歓声と、見事に勝ち越し犠邪飛で応えた内川選手を迎えたベンチの雰囲気は、一般的に否定されがちな「情の采配」を、受け入れる総意ではなかったかと感じた。

 過去は変えられないという。だから、過去を糧にして今を一生懸命に生きろと。事実は変わらないのだから、それは正論だ。だが、「未来は過去を変えられる」と思えれば、これは、すてきな生き方ができる。今大会、内川選手に向けられる「情」は、「過去を変えろ」という願望に思える。

 知識と計算と経験に基づいた戦略の最後に、ふわりと「情」を加えて戦いに挑む。スポーツは、人間がやっている。だから、おもしろい。

 ◆鈴木 誠治(すずき・せいじ)1966年、浜松市生まれ。人並みに失敗を重ね、たくさんの人に迷惑をかけて生きてきましたが、なんとなく穏やかに過ごしている50歳。