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高校野球

ナンバーワン左腕 横浜・及川 突然の乱調で散る【第91回選抜高等学校野球大会】

先発した横浜・及川【写真提供=共同通信】


 今大会最速左腕、及川雅貴(横浜・3年)が2回3分の2イニングを投げただけで、既に横浜のマウンドにいなかった。この段階で勝負が決まっていたと言っていい。
 及川が突然、乱れたのは4対0とリードした3回表だった。

 明豊の攻撃は無死から8番、9番が連続四球。1番に戻って表悠斗(3年)のレフト前でまず1点を返す。バントで送った二、三塁から3番・布施心海(2年)がレフト前、4番・野辺優汰(3年)はレフト線にツーベースと続く。二死後、6番・青地七斗(3年)も三塁強襲ヒットで一気に5点。ゲームをひっくり返して、及川もマウンドから早々に引きづり降ろした。
 続く4回もリリーフした左腕、松本隆之介(2年)にも明豊は二死から攻撃の手を緩めない。表のヒットから1四球、一つのエラーを絡めて仕上げは5番の薮田源(3年)がライトへ回っていた及川のグラブをかすめるスリーベースで4点を挙げた。

 及川のストレートは最速153キロ。高校生左腕ではそうそう出ない数字だ。それと130キロ中盤を記録するスライダーが武器で、昨秋は41イニングで59個の三振を奪った。秋季関東大会はベスト8ながら「及川君がいるから」と言う理由でセンバツ出場が決まったほど。それだけ注目され、前日、完璧なピッチングを見せた星稜の右腕、奥川と比較される存在の投手だ。

 及川はゲーム前、「バッターを詰まらせた打球で打ち取りたい」と言った。それはインコース、特に高めを振らせてフライを打たせたいと言うことだ。
 対する明豊は、前日練習でマシンをバッターよりに近づけてスピードボールの対策をしたという。川崎絢平監督が言う。
「及川君は最高のピッチャー。対戦できる喜びを感じたい。イニングごと、バッターごとで狙いを変えます。スライダーはなんとか打てそうな気もする。これまでもいいピッチャーと対戦してきているので。〝監督が言っているから打てる〟でもいい。拠り所となる根拠を信じること。勝てばヒーローだぞ、と選手には言います」
 指揮官には自信がありそうに見えた。

 選手が3回に見事に応えた。
布施は川崎監督が「下級生だけど彼が打てば周りも自信を持てる」とキーマンに挙げたバッター。
「ストレートは速いなあ、とは思いましたが打てないとは思わなかった。スライダーも驚くほどではありませんでした。後半勝負とベンチでも言っていて焦りはなかったです」
 左打者の野辺は狙い球を絞っていた。
「ストレートは速いしスライダーもキレていましたが、予想以上には来ていなかった。ベルト付近を振る、低めのスライダーを捨てることも徹底できた。スライダーを張っていこうと思った。同じ腕の振りということもなく見極めることができた」
 この二人はスライダーをはじき返した。そして、1番から5番までジグザグの明豊打線はフルスイングで難敵横浜を13対5と下した。

 1、2回、及川はスライダー中心に組み立てて悪くない滑り出しだった。ところが、3回は制球を乱すと立て直すことができず、大量失点するパターンに陥った。関東大会で春日部共栄に打ち込まれた時と同じ。
「ゲームの中でピッチングの良し悪しの波があって改善仕切れない。ストレートが狙ったインハイに行かなくてスライダーも生きなかった。自分のもろさ、これが実力です」とゲーム後は言い訳はしなかった。

 普段の練習からフォームのチェックなど及川を指導する金子雅部長の口調は厳しかった。
「3回の二つの四球が全て。急に軸になる左足が折れて体重が乗っていかなかった。体が開いてしまう。直している途中なんだけど、修正できていない。最初、スライダーがキレていて続けて良かったのに、ストレート中心に切り替えたバッテリーの組み立てにも疑問が残る」
 この日の最速は146キロまでだった。
 キャッチャーの山口海翔(3年)が振り返る。
「明豊のビデオを見て変化球主体で攻めようと、最初はいいリズムだった。3回は制球の乱れがあった。指先の感覚がいつもと違っていたのかもしれない。スライダーを見極められた。球種がストレートとスライダーの二つしかないので、どっちか悪くなると球種が偏ってしまう」

 ブルペンでのボールは走っていた。
 ところが、マウンドに上がって投球練習の初球がとんでもワンバウンドになった。及川はプレート付近の砂をスパイクで激しく掘る仕草。「ブルペンとマウンドでの精神面にも問題があるかもしれません」と本人が言うように、普段と違う雰囲気に動揺もあったかもしれない。

「及川は夏(に大化けする)のピッチャー」と評する関係者がいた。最後、平田監督も期待していた。
「負けるときはこういう負け方だった。彼が壁をまだ、超えられなかった。これが今の実力でしょう。でもコツコツやるしかないんです。いいものを持ってる投手。成長させてやりたい」

(文・清水岳志)