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プロ野球

20歳での2桁勝利からわずか3年で戦力外…自慢の息子が泣いた「ごめん親父」

 2018年シーズン限りで中日を退団した若松駿太投手(23)が、19日放送のTBS「バース・デイ」(土曜後5・00)に出演。15年に20歳の若さで2桁勝利を挙げてからわずか3年で戦力外を通告された苦悩の日々と再起に懸ける思いを明かした。

中日を戦力外となった若松

 福岡県出身の若松は祐誠高(福岡)から12年ドラフト7位で中日入りし、3年目の15年には20歳の若さで10勝(4敗)をマーク。年俸も550万円から3600万円(金額は推定)へ一気にハネ上がるなどスターダムの階段を登り始めた。だが、翌16年は7勝8敗、17年は1勝4敗と尻すぼみ。3年ぶりの2桁勝利が期待された18年は右肩痛などもあって1度も1軍マウンドにあがることなく終わり、10月1日には戦力外を通告された。

 米大リーグで18年新人王に輝いた“二刀流”の大谷翔平投手(24=エンゼルス)とは同学年。高卒でプロ入りして2桁勝利を達成した“大谷世代”はともに甲子園で活躍後、12年ドラフト1位でプロ入りした大谷と藤浪晋太郎投手(24=阪神)、そして若松の3人だけ。2桁勝利からわずか3年後に味わう厳しい現実に「思っちゃいけないんですけどね。いや、オレなの?って思いましたし、もう悔しくて涙が出ましたよね」。若松の表情には隠し切れない無念さがにじんだ。

 そんな若松のため、立ち上がったのが父の源(はじめ)さん(51)だ。ソフトボールのプレー経験がある父は、息子が小4で野球を始めたころから一番のファンであり続けた。経験のない野球を勉強し、息子が入った少年野球チームのコーチをするために勤めていた会社を辞め、休みの融通がきく仕事に転職。ずっと息子の野球生活を支えてきた。父が現在勤めるスポーツ用品店には息子のユニホームがずらり。息子について書かれたものは、どんな小さな記事でも集めて大切に保管している。

 父にとってもまさかの戦力外。「びっくりしましたね。えっ!ていうのはありましたね」と当時を振り返った源さんは、戦力外になったことを知らせてきた息子の様子を「さすがに電話口ではちょっと泣いてましたよ。“ごめん親父”って一言言ったんで、お前に謝られることは何もないから、とにかく次のことを考えようやって」。夢を見させてくれた息子のため、12球団合同トライアウトに臨む息子のため、自ら練習パートナーを買って出た源さん。故郷である久留米市内の球場を借りて投球練習する息子のボールをキャッチャーミットをはめて受け続けた。

 「親父には一番感謝しています」という息子に付き添い、父はトライアウトにも同行。父の期待も背負った息子は規定の打者3人を計7球ですべてフライに仕留めた。「決め球をちゃんと投げれたってことで良かったんじゃないですかね」(源さん)「3人だからあっという間でしたけど、僕はやれたと思います」(若松)と父子で感じた手応え。だが、NPB球団からのオファーはゼロ。若松は、唯一声をかけてくれたプロ野球独立リーグのルートインBCリーグに所属する栃木ゴールデンブレーブス入りを決めた。

 「やっぱもう1回NPBでどっか…やらないといけないですし、次やらしてもらえるとこでもう1度プロを、NPBを目指してやりたいなと思います」と若松。23歳の息子の決断に「残念なのは残念ですけどね。もう1回鍛え直して這い上がってきてほしいっていう風に思ってやるしかないんじゃないですかね」と話した父は、息子の新天地へ引っ越しの際にも福岡から駆け付けた。

 その荷物の中には、息子がプロ初勝利を挙げた際の大きな写真パネルが。「リーグの開幕に向けて4月からバリバリと投げてもらうってことだけですね」と源さん。息子が再びNPBに返り咲いて活躍する日を夢見て、父子の闘いはこれからも続く。