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古巣への感謝、初の移籍、イチローとの共闘…田澤純一が激白「やるしかない」


2009年にメジャーの門を叩いた田澤純一は、この8年でさまざまな経験を積んだ。マイナーリーグでの下積み、メジャー昇格の喜び、メジャーにとどまる厳しさ、先発、セットアッパー、クローザー、右ひじ手術、ワールドシリーズ優勝…。今オフ、この綿々と続く“経験済リスト”に新たに加わった項目がある。フリーエージェント(FA)だ。

■初めてのFAも希望条件はなし「獲ってくれるところがあれば、どこでもいいです」

 2009年にメジャーの門を叩いた田澤純一は、この8年でさまざまな経験を積んだ。マイナーリーグでの下積み、メジャー昇格の喜び、メジャーにとどまる厳しさ、先発、セットアッパー、クローザー、右ひじ手術、ワールドシリーズ優勝…。今オフ、この綿々と続く“経験済リスト”に新たに加わった項目がある。フリーエージェント(FA)だ。

 8年を過ごしたレッドソックスとの契約が終わり、初めてFA権を取得。所属チームを持たずにオフを迎えた。「基本的にはエージェントに任せていたんで、自分ができることは、次のシーズンに向けてしっかり準備をすることだけだった」という右腕は、日本に帰国後、例年と変わらず古巣JX-ENEOSのグラウンドで自主トレに励んでいた。時折、自分の去就に関するニュースを見かけても、自分の話と実感が沸かず「『へえ、そうなんだ』って感じでしたね(笑)」と振り返る。それというのも、田澤が初めて代理人を務めるネズ・バレロ氏からオファーの数と内容を聞いたのは、12月のウインターミーティング終了直後だった。

「12月8、9日くらいですね。そこで総括したオファーを初めて見せてくれた。それからエージェントと相談して、彼の勧めるマーリンズに決めました。僕はエージェントを信じて任せているので、彼がいいって思うんだったら、間違いないだろうと。

 最初に代理人から、西海岸とか東海岸とか、勝てるチームがいいとか、何か希望はあるかって聞かれたんですけど、僕はもう『獲ってくれるところがあれば、どこでもいいです』って伝えていたんです。リーグや場所にもこだわりはなく、まずオファーがなかったら何も始まらないと思ったので。僕をちゃんと評価してくれて、エージェントも信頼を置けると思う球団に行くつもりでした」

 マーリンズには「若くていいチーム」という印象を抱いているという。ただし、対戦したのは2015年のインターリーグで2試合だけ。チームが変わり、リーグが変わり、文字通り“新天地”に飛び込むわけだが、そこには「楽しみ」しかないようだ。

「全然違うところに行くので、知らない部分や初めて見て感じる部分があると思うんです。それが楽しみですね。知っている人がいないから不安だとか、そういうことはない。自分がやることをやるしかないですから。行ってみて、自分がそこにどうやって適応していくかだと思います」

■メジャー入りから8年を過ごしたレッドソックスへ「感謝の気持ちしかない」

 ご存じの通り、メジャーではデビューから引退まで1つの球団で終える選手は少ない。特に、中継ぎ投手の場合、3年以上の長期契約を結ぶことは稀で、長くキャリアを積むほど多くの球団を渡り歩く傾向にある。

「中継ぎって(チームを)まわり始めたら、ずっと転々とするケースがあるじゃないですか。だから、僕もそこに入っていったのかなって。僕はこれが初めての経験ですけど、チームを渡り歩きながらコンスタントに結果を残す投手って、改めてすごいと思いますね。いかに自分のすべきことに集中できているか。僕も行くチーム行くチームでうまく雰囲気を感じながら、適応できたらいいと思います」

 新たな経験の中に身を置いていても、どっしりと構えて動じる様子はない。かといって、メジャーで受ける高い評価を鼻に掛ける様子はゼロ。この8年で投手として大きな成長を遂げる一方、地に足の付いた人間性を失わずにいることもまた、田澤の魅力の1つだろう。今となっては”古巣”のレッドソックスに話が及ぶと、感謝の言葉しか出なかった。

「僕をイチから教えてくれたのがレッドソックス。感謝の気持ちでいっぱいです。(トミー・ジョン)手術から何からいろいろやってもらった。あのチームがあったから今があると思う。最後は僕が上手いピッチングができなかったので、チームはどう評価しているか分からないですけど、僕は感謝の気持ちしかありません。

(昨季)プレーオフのメンバーに入れなかったのは、自分の不甲斐なさ。悔しさはありますけど、僕が出した結果がすべて。自分が招いたことなんで仕方ないです。逆に、プレーオフに同行している間、日本人スタッフの方々が『来年に向けてこんなトレーニングをした方がいいよ』ってアドバイスを下さった。今でも『元気にトレーニングしてる? 何かあったら声掛けて』って連絡を下さるんです。もう戦力じゃない僕のために。本当に僕は恵まれているなと、感謝しかありません」

■楽天・青山と行う沖縄自主トレ「僕にとって本当に大切な時間」

 恒例となった1月の沖縄自主トレでは、今年は楽天・青山浩二投手と2人で1年間戦い抜くための準備を進めている。きっかけは、2009年にレッドソックスで一緒にプレーした斎藤隆氏(現パドレス)が作ってくれた。日本プロ野球界の選手とトレーニングを積むことで、いろいろな刺激を受けているようだ。

「オフの期間を日本の選手と一緒に過ごせるのは、僕にとって本当に大切な時間です。毎年、日本の選手ってこんなに走り込みするんだって、いい刺激になりますね。どんな準備をしてキャンプに入るのか感じ取れることが、僕にとっては大きい。一緒に練習をしながら、『これができれば自分もキャンプには参加できるかもしれない』って想像したりしてます。

 特に、青山さんは楽天を代表する素晴らしいリリーバー。僕より年上なのに、まだバンバン走れている。今年34歳になる人があそこまで走っていたら、僕もやらないといけないなって思うし(笑)。僕は日本のプロ野球は知らないですけど、みんながどんな準備をしているかっていうのを学べることだけでも、すごく勉強になりますね」

 勉強になるといえば、今季から所属するマーリンズには、野球選手の“生きる手本”とでも言うべきイチロー外野手がいる。移籍決定後、アストロズ青木宣親外野手に間を取り持ってもらい、電話で挨拶をすると「よろしくね」と声を掛けられたという。

「一緒にプレーできるのが光栄ですね。どんな姿勢で試合に臨んでいらっしゃるのか、少しでも学べたら。たくさんルーティンがあると聞くので、邪魔にならないように、見て学ばせていただきたいと思います」

 北東のボストンから南東のマイアミへ本拠地を移しても、田澤がマウンドで任される仕事は変わらない。

「行けって言われた場面でマウンドに上がって失点を減らすこと、1つ1つアウトを取ること。それに向けて、しっかり準備をすることが大事。ここ何年かは起用法にしっかり適応できなかった自分がいるので、それが悔しい部分です。その反省も生かしたい。幸い、ニエベス投手コーチはレッドソックスでも一緒だったので、僕のルーティンを分かってくれている。気さくな人だし、コミュニケーションを取る中でやるべきことをクリアにしながら、僕が間違っていることがあれば正してもらえればいいと思います。しっかり準備して、しっかりチームに貢献する。それだけですね」

 選手として、脂の乗りきった時期にある田澤が、新天地でどんな活躍を見せてくれるのか楽しみだ。

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