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侍ジャパン

阪神ドラ1近本(3) 故障がきっかけで人一倍“体づくり”を徹底

 ◇ドラ1近本光司外野手(24=大阪ガス)(3)

高校3年、新入生入寮式で保護者を前にあいさつする近本

 【ドラフト指名選手 矢野阪神の1期生】近本光司外野手(24=大阪ガス)には社高校に入学した直後に試練が待っていた。軟式から硬式に変わったことで肘と肩には想像以上に負担がかかった。当時監督の橋本智念さん(現・兵庫県立農業高定時制課程教員)に「なんか肘と肩が痛いんです」と異変を訴えたのは1年の夏から秋にかけてだ。幸い大きな故障ではなかった。打撃に寄せられる期待も大きく、大事を取って1年冬から2年秋までは外野手に専念した。体の成長が著しくなる時期。順調に歩んでいた野球生活で初めて苦難を味わった。

 この故障を機に、より一層体づくりの大切さを実感するようになった。1年冬から体を大きくするためのトレーニングと増量を並行して体を強くすることに軸を置いた。痛みがなくなり、再び投手に戻った2年秋からは学校の専属トレーナー・浜田友哉さん(45)のもと「浜トレ」と題して1年間で体重10キロ増を目標にさらなる全体の筋力トレーニングに励んだ。冬にかけての土日はボールを使わず、半日も負荷をかけた筋力トレーニングで体をいじめ抜いた。

 「キツいです」と言いながらも人一倍トレーニングをやり続けた。浜田さんは「体も細いし、高校でやっていくのに厳しいなと感じていた。でも、体を大きくしたいという気持ちは強く感じた」と当時を振り返る。「毎回嫌そうにするんだけど、一番質問してくるのは近本だった」。トレーニングの最中から「体が強くなったら技術は上がるんですか」と積極的に質問するなど向上心の塊だった。

 2年冬に実施される体育科恒例のスキー合宿では毎食どんぶり鉢5杯~6杯のご飯を食べた。周りがギブアップしていく中、食堂に最後まで残り、自分と戦った。時にはトイレに駆け込みながら…。その甲斐もあって体重は60キロから1年間で70キロ近くまでにまで成長した。

 3年の夏は打撃が好調だったことに加えて主戦投手もいたため、主に外野手として出場しながら時にはマウンドに上がった。結果は県大会ベスト8。最大の目標だった甲子園出場は叶わなかったが、故障がきっかけで体づくりに撤した高校時代が現在の光司の肉体をつくり上げる土台となった。(長谷川 凡記)

 ◆近本 光司(ちかもと・こうじ)1994年(平6)11月9日生まれ、兵庫県淡路市出身の24歳。社では外野手兼投手で甲子園出場なし。関学大3年春には外野手として関西学生リーグでベストナイン。大阪ガスでは1年目から公式戦に出場。今夏の都市対抗は首位打者の活躍で初優勝に貢献し、MVPに相当する橋戸賞を受賞。18年侍ジャパン社会人代表。1メートル70、72キロ。左投げ左打ち。