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プロ野球

松井5打席連続敬遠の試合でもう一人、悲劇のヒーローがいた…エース・山口の波乱に満ちた人生

 勝負してもらえなかった4番打者、勝負されて打てなかった5番打者。そして、もう一人、悲劇のヒーローがいた。9月1日放送のTBS「バース・デイ」(土曜後5・00)は、92年夏の甲子園の星稜―明徳義塾戦で5打席連続敬遠された松井秀喜(44)ら、当時の星稜のメンバーが第100回大会の開幕前夜に行った同窓会の第2回。松井がチームの中で最も実力を認めていたエース・山口哲治の、波乱に満ちた人生を追った。

運命の試合を振り返る松井氏(右)と、当時の星稜のエース・山口氏

 「松井が敬遠されたから負けた…って、これだけ悔しいことはない。(自分たちが)何とかしていたら、甲子園でもっと勝てたかなって」

 石川予選で防御率0・00をマークした絶対的エースが、よもやの3失点。相手に5連続敬遠による逃げ切りの選択肢を与えてしまった責任を「死ぬまで忘れない」と背負い込んだ。ただ、悲劇はそこで終わらなかった。

 運命のドラフト会議。山口の名前は、最後まで呼ばれなかった。社会人野球の神戸製鋼の門を叩き、「松井に挑戦したいです」とプロを目指した。しかし、故障も悩まされて夢はかなわず、8年でユニホームを脱いだ。松井は、引退決断後に結婚した山口の披露宴に駆けつけた時、こう打ち明けた。

 「僕自身、(山口と)プロ野球で対戦するか、もしくは、同じチームでやるという夢もありました」

 そして、26年を経た山口自身の、現在の夢とは。5連続敬遠が、それぞれのメンバーに残したものとは……。(敬称略)