BASEBALL GATE

プロ野球

FAはステータスの象徴 日米で異なるFA制度への理解


今オフ、パ・リーグからは北海道日本ハム・陽岱鋼選手、埼玉西武・岸孝之投手、栗山巧選手(残留表明)、オリックス・糸井嘉男選手、福岡ソフトバンク・森福允彦投手がFA(フリーエージェント)宣言し、その動向に注目が集まっている。

■日本では風物詩となった“涙のFA宣言”

 今オフ、パ・リーグからは北海道日本ハム・陽岱鋼選手、埼玉西武・岸孝之投手、栗山巧選手(残留表明)、オリックス・糸井嘉男選手、福岡ソフトバンク・森福允彦投手がFA(フリーエージェント)宣言し、その動向に注目が集まっている。

 国内FA権を取得するためには、原則として8シーズンの出場選手登録日数を必要とする。選手が得る特権であるが、日本では毎年のように“涙のFA宣言”が見られる。単純にシステムや文化が大きく異なる米国と比較はできないが、トレードやウェーバーでのチーム移籍が頻繁に行われる米国とは違い、育ての親である球団により愛着を持つ仕組みと文化が日本には存在する。

 米国でもワールドシリーズ終了後に、139人の選手がFAとなることが発表された。契約オプションが行使されない者なども含め、その数は今後増えていくだろう。それぞれに色々な思いがあるだろうが、涙のFA宣言をする者は1人もいない。トロント・ブルージェイズで多くの実績を積んできたホセ・バティースタ選手やエドウィン・エンカルナシオン選手も、今オフのFA市場に名を連ねそうだ。

 その中でも残留の話題は少ない。球団を舵取るGMや球団社長は、ある一定の総年俸を頭に入れた上でチーム編成を行っているので、それを圧迫するリスクはなかなか取ることができない。それを選手たち、そして契約の話を進める代理人も理解している。ビジネスの上で成り立っていることをみんなが理解しているからこそ、流される涙はないのかもしれない。

■世界一貢献の右腕ハメル、カブスは来季契約オプションを行使せずにFA

 そんなシビアな印象がある米国のシステムだが、必ずしも球団が“自分勝手”に選手を保有するばかりではない。カブスが108年ぶりの優勝を果たし、大盛り上がりを見せているシカゴの街。だがチーム編成にとってはすでに来季に向けた戦いが始まっており、カブスは貴重な戦力だったベテラン先発投手ジェイソン・ハメルに対して、来季チームが持つ契約オプションを行使しないことを発表した。1年間ローテーションを守った先発投手への1年1200万ドル(約13億900万円)の契約オプションは、現在の市場を考えると、そう高いものではないはずだった。それでも、カブスはハメル投手の契約を行使しなかった。

 レギュラーシーズン15勝10敗、防御率3.83をマークしたが、9月の4先発登板では防御率8.71と振るわず、プレーオフの登録枠からも外れることになった。私がカブスで仕事をさせていただいた2014年もハメルは所属しており、とてもナイスガイで淡々とやるべきことをこなしていた印象があった。その年、チーム事情もあり、シーズン途中にトレードで放出されるが、翌年FAとなって再びこのカブスに戻ってきたのだ。今シーズンは優勝を果たしたチームの貴重な先発投手の1人として貢献し、33歳の今オフにFAを迎えることとなった。

 先発ローテの5番手であったハメル投手は、カブスに残留したとしても2017年シーズンの立ち位置はおそらく複雑なものとなっていただろう。チームとしては若手や他の投手も試していきたいが、計算できるベテランのハメル投手も残しておきたいというのが本音だったはずだ。もし2017年序盤にハメル投手が苦しめば、チームにとって難しい決断に迫られていたかもしれない。それでも“お買い得”なチームオプションがあれば、残しておこうと考えるのが普通だ。

■FA権は競争力が高い野球界で生き抜いた勲章

 だが、シカゴ・カブスはハメル投手のためを思ってチームオプションを行使することはしなかった。何故なら今オフのFA市場は先発投手が手薄と言われており、ハメル投手はおそらく複数年契約を獲得できる見込みがあることが予想される。もちろん試したい若手が存在することから生まれたカブスの“余裕”があってのことだが、選手のためを思った決断であることは間違いない。その証拠として、数日後ハメル投手はシカゴの地元紙「シカゴ・トリビューン」で1ページの広告スペースを買い取り、ファンやフロントに対して感謝の言葉を述べた。

 ハメル投手のケースは、2002年にドラフト指名されたタンパベイ・レイズでキャリアを歩んできたわけではないため、日本のケースと比較するのは完全にお門違いであるかもしれない。ただ、これは球団側と選手側が円満にFAの権利を行使した一例であるのではないかと思う。

 FA権とは、競争力が高い野球界でそれぞれの選手たちが生き抜いてきた証であり、1969年にカート・フラッド氏が身を削って得た自然と発生する権利となっている。その歴史が語り継がれているからこそ、選手たちもその重要性を理解しているのだろう。

 今後日本でも“涙のFA宣言”がオフの風物詩にならず、ステータスの象徴となり、FA権を笑顔で行使する選手たちの姿を見ることが出来ればと切に願う。

(記事提供:パ・リーグ インサイト)

「パ・リーグ インサイト」新川諒●文

関連リンク