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阪神ドラ1馬場 無名から仙台大4年間で培った体技心

 ◇猛虎新時代へ挑む=阪神1位・馬場皐輔投手(22=仙台大)

阪神からドラフト1位で指名された仙台大・馬場

 阪神は10月26日のドラフト会議で育成ドラフトを含め投手5人、野手2人の計7選手を指名した。来季に2005年以来、13年ぶりのV奪回を目指す金本阪神の即戦力として、また近い将来の猛虎を背負う存在として指名された7人の侍はどんな選手なのか…。「猛虎新時代へ挑む」と題し、それぞれの素顔に迫る。

 26日のドラフト会議。阪神に続きソフトバンクからも名前がコールされ、迎えた運命の瞬間。金本監督が当たりクジを持った右手を高々と挙げると、緊張していた皐輔の表情は一気に緩んだ。1965年にドラフト制度が導入されて以降、阪神が東北地方に在籍、所属するチームの選手に対し1位で交渉権獲得したのは初めてのことだった。

 鈴木天斗(現東北福祉大)と二枚看板を形成した仙台育英では3年春夏連続で甲子園に出場したが、背番号はともに「10」。数多くいた好投手の一人から最速155キロを誇る「みちのくの怪腕」と称され、12人しかいないドラフト1位の栄誉を勝ち取るまでになった裏側には、仙台大での4年間における「2つの大きな成長」があった。

 一つは肉体改造による「ボールの質の向上」だ。今でこそ1メートル80、90キロと豪腕の名に恥じない体格だが、3年夏は1メートル79、80キロ。礎になったのが入学時に出合った、仙台大のトレーニングセンターで管理指導員を務める白坂牧人さん(33)によるメジャー仕込みのウエートトレーニングだった。

 白坂さんは、米カリフォルニア州立大学でS&C(ストレングス&コンディショニング)を学び、卒業後は大リーグ・メッツの下部組織にトレーナーとして3年間在籍した経歴を持つ。S&Cとはパワーだけでなく、スピード、バランスなど運動機能を総合的に高めるトレーニング方式。皐輔の入学当初を白坂さんは「線が細かったので、体を大きくすることから入りました」と振り返る。「基礎ができていなかった。野球に必要な下半身を重視しました」(皐輔)と5種類以上のスクワットで下半身を徹底的に鍛え上げた。

 成果は着実に表れた。高校時代、最速146キロだった直球は1年春のリーグ戦で150キロの大台に到達。2年春には152キロを計測した。変化球のキレも増し同年秋のドラフトで2学年上の熊原健人がDeNAから2位指名を受け、漠然とした目標だったプロを意識し始めるようになった。

 ただ、野球はそんなに甘くない。とにかく強いボールを――。投げようとすればするほど痛打が増えた。球速が落ちたわけではない。3年秋には153キロを計測したが、リーグ戦はわずか2試合登板で2イニングに投げただけ。このままではプロにはいけない――。勝負の1年を前に「力任せ」ではなく、理にかなったフォーム作りに着手した。

 「関節をうまく使って、スムーズに投げられるように研究しました。体重移動だったり、反動だったり。リリースに100%の力が集まるように」

 動画サイトではプロでも一流と呼ばれる投手の画像を何度も見返し「これという選手はいない。良いところを取り入れようと」と“いいとこ取り”した。。ハード面はもちろん、「配球もそうですし、気持ちの持ち方。自分に流れを持ってこれる投球やペース配分、ギアチェンジ。考えることはかなり増えました」とソフト面における意識も大きく変わった。「体」に「心」と「技」が加わった。2つめの成長だった。

 4年春は体調不良などもあり納得のいかない成績に終わったが、改良されたフォームから繰り出す速球は155キロを計測。そして集大成となった今秋はリーグ開幕戦から36イニング連続無失点を記録するなど5勝0敗、防御率0・49。37イニングで60三振を奪う圧倒的な投球を見せ優勝に貢献した。

 それでも、皐輔は言う。「まだまだ未熟です。野球が好きでこの道を選んだので、満足したら終わりですから。もっともっとすごい人がいる厳しい世界。向上心を持ってやっていきます」。中央球界ではほとんど無名といっていい存在だっただけに、ハングリーさと向上心は相当なもの。その根底には野球を始めた幼少期が大きく影響していた。(巻木 周平)

 ◆馬場 皐輔(ばば・こうすけ)1995年(平7)5月18日生まれ、宮城県塩釜市出身の22歳。小3から塩釜ドラゴンズで野球を始め、一貫して投手。中学時代は七ケ浜シニアに所属。仙台育英では2年秋からベンチ入りし3年春夏連続で甲子園出場。仙台大では1年春からリーグ戦に登板しリーグ通算15勝6敗、防御率1・34。167回2/3を投げ206奪三振。4年秋にベストナイン選出。1メートル80、90キロ。右投げ右打ち。

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