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プロ野球

10年遅れのスタートライン
ロマン溢れる“異色の軟球ボーイ”

全体練習が始まる約1時間前、黙々とランニングを行うのが今キャンプの恒例だ。

「ケガが怖いので、少しでも体を動かしておきたいんです。朝のアップでは全体ランニングがないので準備体操みたいなもの。実績も実力も一番ないと思っているし、他の選手と同じことをやっていても勝てない。まずは準備面も含め自分でやれることをしっかりやる。ちょっとでも上に行けるようにしたいです」

謙虚な言葉を並べるオールドルーキーだが、能力の高さは数字が証明した。キャンプ2日目に行われた持久力を測定する『Yo-Yoテスト』で、新人トップ、全体でも3位の好記録をマーク。「必死に付いて行こうと思った結果です。体力に自信があるわけではないけど、課せられたメニューを全力で粘り強くやって行きたいと思っています」と菊沢。努力と準備を怠らない姿勢が、28歳5カ月という球団最高齢指名の礎となっている。

“早起き野球の星”神宮のマウンドへ帰還!

秋田高から立大へ進学した菊沢。当時の東京六大学には斎藤、福井優也(広島)、大石達也(西武)の早大トリオが注目&話題を独占していた。菊沢も「明大の荒木(郁也/阪神)とは対戦経験があります」と語るなど、神宮のマウンドで1勝を手にしたが、3年時に右ひじを手術し、復帰できぬまま大学野球生活は幕を閉じた。それでもプロ入りを諦めなかった男は、卒業後、営業職に就きながら社会人チームで硬式野球を再開。その後はプレーにより専念するため、アルバイトをしながら白球を追い続けた。

2015年には米国の独立リーグでもプレー。そして行きついたのが、軟式野球の強豪・相双リテックだった。同社は福島県いわき市にある「設計・施工・管理」を統合した地域密着型の会社。燕党ならピンと来る方も多いと思うが、ヤクルトのオフィシャルスポンサーでもある。軟球ボールで140km/h後半の真っ直ぐを投げていた菊沢は、2016年8月に行われた福島県早起き野球大会でチームの優勝に貢献。MVPにも輝き、「早起き野球の星」と称された。これら軟式球界での活躍が評価され、昨秋のドラフトでヤクルトから6位指名。直後の会見では「驚きとうれしさでいっぱいです」と初々しく語った。

ドラフトから約4カ月。菊沢はヤクルトの『35』番を背負い、1軍キャンプでアピールを続けている。軟球から硬球へのアジャストについては、「ドラフト直後から硬式球に握り替えてやってきたので、違和感みたいなものはなくなってきた。トレーナーの方もいるので、相談しながらケアしています」と順調な様子。2月6日には、同じく沖縄でキャンプ中だった古巣・相双リテックの野球部が練習を見学に訪れ、「うれしさと、みんなに見られているという気恥ずかしさがありました」と照れ笑いと浮かべた。

高速クイックに高評価、「ハンカチ世代最後の大物」になれるか?

2月中旬からはいよいよ実戦モードに突入。17日はDeNA戦に登板したが、2イニングで3点を失いホロ苦い実戦デビューとなった。それでも真中満監督は「球に力はあった」と一定の評価を与えた。シート打撃等でも、素早いクイックモーションなどを披露しており、「僕には150km/hの豪速球もないし、これといった変化球もない。だからこそ総合的な部分で勝負して、まとまりのある投球をしたい」と右腕は語る。今後についても「球質にしても制球面にしても、まだ精度が低い。そこを上げて行きたいです」と意気込んだ。

ヤクルトの2016年チーム防御率は12球団ワーストの4.73。新人が入り込める余地は十分にある。「年齢的にも1年目から勝負だと思っていますし、多くの試合に登板して、チームの優勝に貢献したいです」と菊沢。遠回りに見えるここまでの道のりについては、「僕にとっては、すべて必要な経験だったと思います」と胸を張った。

菊沢と同じく高速クイックを武器とし、技巧派右腕として活躍するDeNAの久保康友は、「松坂世代最後の大物」と称され、今なお同世代の先頭を走り続けている。菊沢にも「ハンカチ世代最後の大物」になれる資質は十分にある。28歳で立ったプロ野球界のスタートライン。最後尾からの猛チャージに期待したい。