BASEBALL GATE

Global Baseball Biz

Global Baseball Biz

中南米の光と影 カリビアンたちから日本野球への問題提起【Global Baseball Biz vol.7】

写真提供=龍フェルケル


-Global Baseball Bizの記事一覧はこちら-


『世界の野球人』をテーマにお送りする本連載。今回は前回に引き続き、中南米の野球について現地取材をされたフリーライターの中島大輔さんにお話を伺った。前編では、スポーツライターになったきっかけや、なぜ中南米に取材へ行かれたのか、そして実際にドミニカとキュラソーへ取材をされた際の様子を紹介した。


中島大輔氏インタビュー前半はこちら


写真提供=龍フェルケル


 ドミニカ、キュラソーを訪れた中島さんが次に向かったのはキューバだった。キューバと言えば野球好きには説明不要の”野球王国”である。

「キューバは日本のメディアなどで”楽園”みたいに紹介されることもありましたが、楽園ぽさはゼロでした。インフラ整備は遅れているし、食べるものにも困っていました。観光客が行くようなところはそれっぽさがありますが、一般市民の暮らしはかけ離れたものがありました。僕が行ったのは2015年でしたが、携帯も持ってる人はいなかったです。食料もですけど、ボールもバットも足りていない状況でしたね」


写真提供=龍フェルケル


 キューバ野球代表チームは世界ランキングで2013年に首位から陥落し、以降は4位と5位を行ったり来たりしている。キューバ出身の優秀な野球選手は現在も多数輩出されているのにも関わらずだ。それは一体何故なのだろうか。

「キューバの有力な野球選手は、そのほとんどが亡命してアメリカに行っています。さらに亡命の低年齢化も進んでいて、深刻な状況です。亡命後は里帰りもできません。キューバの人たちはネットカフェから亡命した人にメールを送って物資を送ってもらうことがあるので(亡命選手が)そういう形で祖国に還元することはあっても、地元でアカデミーをやったり野球教室をやったりするのは難しいですね」


写真提供=龍フェルケル


 キューバは社会主義国家で、野球は国家プロジェクトとして取り組まれている。国内トップリーグの選手は”国家公務員”としてプレーをしており、他のカリブの国と状況は違う。国力の盛衰が野球にも少なからず影響している点は見逃せない。子どもたちは、亡命せずに活躍しているアルフレド・デスパイネ(福岡ソフトバンクホークス)選手のようになって家族や地域を支えなくては、と必死にナショナルチーム入りを目指す。その必死さが眩しいほど、影は濃くなる。明るく陽気なようで実は暗い国だった、と中島さんは呟いていた。

 中島さんがキューバの次に向かったのは、ベネズエラ。2016年のことだったが、歴訪された国の中でも最も危険な国だったという。ウインターリーグに参加しているメジャーリーガーが金銭目的の誘拐に遭うなんてことも起きる。治安が劣悪で、誘拐や強盗は頻発し、夜はまず出歩けないし昼ですら常に危険を感じたそうだ。まるで日本と真逆の環境だが、ベネズエラ人の野球観はよく「日本野球に合っている」と言われるのだという。実際、ベネズエラ出身の野球選手はNPBでも多く活躍している。その理由は何故だろうか。


写真提供=龍フェルケル


「ベネズエラもキューバ同様社会主義国家で、みんな小学校から学校教育を受けていて頭がいいんです。ドミニカとかは貧しすぎて学校に通っていない子が多いんですが。あと、渡辺俊介さん(元千葉ロッテマリーンズ、ベネズエラでウインターリーグに参加された)から聞いたんですが、ベネズエラはキャッチャーが日本みたいなリードをするんだそうです。配球などを学んでいるようで。ドミニカやメジャーリーグの場合は投手主導とされていますが、(キャッチャーのリードなどを見ると)ベネズエラは日本と似ていると言っていましたね」

 また、ベネズエラ人が中南米の国の中でも比較的小柄な体格であることも挙げられるという。日本もアジアの中では小柄なため、体格で劣る分を戦術や敏捷性などで補ってきた。これもまた日本と共通している点で、彼らも「勝つために戦略や俊敏さを武器にしている」と言うのだそうだ。日本とベネズエラはまるで異なる環境ではあるが、野球感については共通点が多く、アジャストしやすいのだろう。


写真提供=龍フェルケル


 ドミニカ、キュラソー、キューバ、ベネズエラ……中南米の野球強豪国を実際に訪れて、中島さんは日本が極めて特殊な国であることを改めて実感させられたという。日本は本当に恵まれていて安全な国だが、本当に大切なものが何かわからなくなるときがある。カリビアンの彼らは、野球が好きという気持ちから生まれる探究心を礎としてメジャーリーガーへの道を歩んでいく。その道のゴールはメジャーリーガーになることで、目の前の一勝ではない。野球を好きだという気持ちを何よりも大切にしていて、目先の一勝と引き換えに失ってはいけないものなのだと子どもの頃から知っている。一方日本ではどうだろうか。日本野球の規律、正確さ、緻密さは世界に大いに誇れる点だ。だが、野球をやる上で本当に大切なものは何なのだろうか。今一度考えさせられる歴訪談だった。

文/戸嶋ルミ