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「アップセット」――。新たな野球メーカーとしての「強み」と「こだわり」<前編>【Baseball Job File vol.13】

アップセット社の小野章吾社長

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 プロ、アマを問わず野球界にかかわるさまざまな人々にスポットを当てる連載。今回は、野球用具の製作・販売を行なっているアップセット社を訪問。2015年に野球業界に参入し、プロ選手との契約を結ぶなど近年、注目を集める存在となったスポーツメーカーの今を、小野章吾社長に聞いた。

■バスケットボールから野球界へ

――野球以外にバスケットボール、サッカーなどのユニフォーム製作・販売も行なっているアップセット社ですが、設立は2012年と伺いました。会社を立ち上げるに当たっての想いは?

小野 はい。その前から個人事業として活動はしていたのですが、それを法人化したのが2012年でした。私は学生時代から社会人までバスケットボールをやっていました。その頃、10年ほど前だと、チームでユニフォームを作ろうと思っても、種類もなくて、ほとんど型が決まっていました。

 何チームかと対戦したら必ずどこかのチームと被ってしまう事が多くありました。それでいて値段も結構高い事もネックでした。バスケットボールの場合だと上下ホーム&アウェーで作って5、6万はしました。

 自分が現役でプレーしている時から、「なんかもっと他にないのかな?」と思っていました。そして競技者から退いた時に、それまでに自分が感じていたことを提案して、実現したいなと思ったのが始まりですね。

――最初はバスケットボールから始まったのですね?

小野 そうですね。草バスケットボールのチームのウェア製作から始めて、現役時代のご縁もあって、当時のbjリーグのチームから「ユニフォームのサプライをしてみないか?」というお声掛けをいただいた。

 それを機に法人化したという流れになりますね。バスケットボールに関しては今でもBリーグの3、4チームをサポートさせていただいています。そして、そこから他の競技、サッカー、そして野球へ横展開しようと考えました。

――野球用品の製造を開始したのは2015年ということですが?

小野 はい。元々、広島に営業所があって、そこで西日本で野球のユニフォームを展開しようと動き始めました。広島の営業所の担当者が、大学、社会人まで野球をして、その伝手でカープの球団の方とお話しすることができたのが最初のキッカケでした。

 でも僕自身、野球の道具は「買うもの」であって、自分たちで「作るもの」という認識がなかったので、どこから手をつけたらいいのか分からなかったですよ。

■軽い気持ちから社運を賭けた道具作り

――どこから手をつければ、という中で苦労があったのではと思いますが?

小野 想像以上に大変でしたね。最初は単にTシャツを作ったりしていたんですけど、球団の方から「用具は作れないのか?」という相談がありました。その当時、野球用具業界が不況で、一流のメーカーさんが撤退したりして、道具難民というか、特に若い選手たちに道具が行き渡らないという状況が起きていたようです。

 そこで球団の方から「育成選手の面倒を見てくれないか」というお話をいただいたんです。だから最初は軽い気持ちでしたね。

――軽い気持ちだったんですね?

小野もちろん野球をやってみたいという気持ちはあったんですけど、最初は「グローブを作るぐらいかな」と勝手に思っていたんですけど、話を聞いたらカープの選手は「道具を全部一つのメーカーで揃えないといけない」という決まりがあって、グローブだけじゃなくて、バットもスパイクも作らなきゃいけない、さらにNPBのライセンスも取らないといけない、ということでした。

 大変でしたけど、もうこうなったら「社運を賭けてやろう」と腹に決めて、全身アップセット製で揃えられるように全部の道具を作りました。

――なるほど。そして苦労した甲斐があって、カープの選手が全身アップセット社の用具を着てくれた訳ですね?

小野いえ、それがすぐにという話にはならなくて、その年のドラフトで結果的に育成では誰も指名されなくて…。道具一式を前にして正直、「どうすんの、これ…」って思いましたね(苦笑)。

 でも、最終的には球団の方から「二軍の練習場に来て、そこで選手と交渉してくれ。そこで誰でも声を掛けていいよ」というありがたい話をもらって、その中で契約させてもらったのが薮田(和樹)投手でした。

――薮田投手愛用のメーカーとして新聞の記事でも取り上げられました。

小野 はい。最初は練習用のグローブを使っていただいて、そこで薮田選手に「アップセットは僕が有名にします」と言っていただいた。そして2017年の大活躍(15勝3敗で最高勝率のタイトルを獲得)。薮田さんの心意気も含めて嬉しかったですし、ありがたかったですね。

 でも、活躍したからどうとかではなくて、実際に直接お話をさせてもらって、応援したいと思える人と契約させていただいています。それこそ有名な選手というのではなく、うちの道具を使いたいと強く思ってくれる方に使用していただきたいと思っています。

■アップセット社の「強み」とは

――現在、アップセット社と契約している選手は、薮田投手に加えて、阪神の尾仲祐哉投手、楽天の森原康平投手、広島のアドゥワ誠投手などがいます。使ってくれる選手が順調に増えてきたと思いますが?

小野 最初に道具一式を作らした手前、誰も使わないのは申し訳ないと思ってくれた人がたくさんいてくれたみたいです。オリックスでもキャンプで見本市のように「興味がある方がいれば使ってください」とやらせてもらって、そこで当時所属していたモレル選手とボグセビック選手の2人が「使いたい」と言ってバットを使ってくれたこともありました。今は、ヤクルトの大引啓次選手がスパイクを履いていただいて、楽天の全外国人選手がアンダーシャツを着ていただいています。

――アンダーシャツだけというのも珍しいことでは?

小野 そうですね。広告としてはあまり価値がないですし、「アンダーシャツだけ?」っていうメーカーも多いと思います。でも、困っている人の要望に応えるという形で、隙間を縫ってやっていければ、と。便利屋的な感じでアップセットの用品を使ってもらえればと思っています。

 最初からそういう形だったので、「野球業界に参入した」という感覚はそれほどなくて、現場の方からの要望に応えていくうちに、少しずつ使ってくれる方が増えてきたという感じですね。ありがたいです。

――いわゆる大手メーカーではなかなかできないことではないでしょうか?

小野 そうですね。おそらく会社が大きくなるとどうしても予算的な見返りが大事になって来ますけど、うちみたいな小さなところだと、例えばグローブだったら10個20個売れてくれれば、コストの部分は回収できちゃう。そういう意味では割と気軽に、柔軟に、細かい要望に応えられると思っています。

――そういう部分がアップセット社の強みになっている?

小野 出来上がったモノには自信があります。それに加えて、今まで野球界で常識だったデザインだったり、素材だったりを変えてみたいという思いがある。せっかく他のスポーツから来ているので、例えばデザインとかも野球っぽくないものだったり、普通は使わないカラーを提案してみたり、これまでにない新しいものを作っていきたいと思っています。それが一部の選手に少しウケて、なんとか野球メーカーの端っこに少し、置かせてもらっているかな、と思っています。

アップセット社の小野章吾社長のインタビュー写真

▼プロフィール
小野章吾(おの・しょうご)/1977年1月24日生まれ。東京都出身。
小学校までサッカー、中学、高校、大学、社会人とバスケットボールの選手として活躍。
ポジションはガード。bjリーグ初年度の合同トライアウトに参加。
故障もあって競技者から退き、事業家へ転身。

2008年に「eMERGE」を開業。
2012年に「株式会社アップセット」(http://upset-jpn.com
アップセット社オーダー専用サイト(http://www.upset-emg.com)を設立。
野球を始め、バスケ、サッカー、フットサルなどのフルオーダーユニフォーム、各競技のウェア、用具の製作・販売を行なっている。

文・写真=三和直樹