BASEBALL GATE

プロ野球

「8番・投手」の采配は非合理的とはいえない

写真提供:共同通信

 9月16日のプロ野球は注目試合が盛りだくさんだ。「約半世紀ぶりにセ・パ同時にリーグ優勝チームが決まるか!?」という大きなトピックがある一方、セ・リーグでは3位・巨人と1ゲーム差で追う4位・DeNAの試合も行われる。16日、17日に行われる今季最後の直接対決は特に4位・DeNAにとって後がない戦いであり、CS進出に向けてラミレス監督がどのような采配を振うか注目される。

 そのラミレス監督で今年話題となった采配といえば「8番・投手、9番・倉本」だろう。4月14日に「8番・ウィーランド、9番・倉本」を試し、5月4日以降はすべての試合で「8番・投手」を貫いている。

 日本球界では過去にV9時代の巨人・川上監督、メジャーリーグでも昨季カブスを世界一に導いたマドン監督などがこの打順を採用したことがあったが、プロ野球としての常識からすれば珍しいケースである。

 果たして「8番・投手」はDeNAの打線にどのような影響を与えたのか。今回は今季のDeNAを例に、打順の影響についてまとめた。

■「8番・投手」のメリット、デメリット

 まず、打順ごとの年間打席数から見てみよう。過去10年のデータを見ると、セ・パ両リーグともに、打順が1つ下がれば年間14~18程度の打席数が減っている。下位打線に比べるとクリーンアップに強打者が多く配置されやすいことが影響し、8番、9番打者は他の打順に比べると減る打席数も少し多くなる。

 「8番・投手」の明確なデメリットは、1シーズンフル出場を前提とした場合に「9番・倉本(倉本に限らず、投手よりは打撃能力が高いと考えられる野手)の打席が18程度減る」ことだろう。

 一方、「8番・投手」のメリットには“8番で攻撃が終了し、無死走者なしで9番から攻撃を始められる確率が上がる”という話がある。能力の高い打者が集う上位打線に、より走者を塁上にためた状態で回せるだろう、という発想である。

 実際にそうなのだろうか。今季のセ・リーグで、無死走者なしから打撃を行った割合を示したものが上の表となる。打席割合は「9番打者の全打席のうち、無死走者なしでの打撃機会が何%あったか?」を表している。チームによって無死走者なしでの打席は多少変わるため、チーム平均との差分順に並べている。

 ご覧の通り、DeNAは9番打者から攻撃を始めている割合が他のチームより3~10ポイントほど高く、9番打者から攻撃を始める機会は多いことが分かる。

 9番打者から打撃を始められるメリットの裏で“「8番・投手」に得点圏で回るのはもったいない”という話もある。

 上の表は走者が得点圏にいる状況で8番打者が打席に立った割合を示したものだ。実は、DeNAはチームの平均的な得点圏での打席割合との差が広島に次いで2番目に低い値となっており、純粋に8番打者が得点圏で打撃をする割合25.1%は、リーグで最も低い値となっている。DeNAは8番打者にチャンスで回りにくいチームなのだ。

■6、7番打者の成績が相対的に悪い

 打順ごとのOPSを比べてみると、8番打者にチャンスで回ってこない理由が見えてくる。チームOPSは、6番、7番打者ともにリーグ最下位。チーム平均OPSとの差分でも6番、7番打者ともリーグ最下位であり、リーグで最も6番、7番打者の得点力が低いチームとなっている。

 上位打線の打順の問題であれば議論の余地があるものの、6番、7番打者の得点力が絶対値、およびチーム内の相対値でも低いということは、単純にポイントゲッターとなる選手が限られていることを意味している。

■「8番・投手」で筒香を生かす

 上の表は得点圏での打撃機会を打順別に見たものだが、DeNAの8番、9番打者はリーグ最下位なのに対し、2番、3番打者は広島の次に高い割合となっている。「8番・投手」の影響で、9番、1番、2番打者を合計したOPSは広島の次に高く、チーム平均OPSとの差を見ると、当然ながらリーグで最も小さい。6月30日以降、DeNAの3番打者は6月から復調していた筒香が務めているが、ここにはチームの有限なチャンス構築リソースをうまく配分して、最も良い打者の前に走者をためようとする苦心の跡が見える。

 「9番・投手」だったならば、3番打者が得点圏で打席を迎える割合はもう少し減っていただろう。

 加えて、「阪神が予測値以上の結果を残し続けるためのポイント」のコラム(https://baseballgate.jp/p/86528/)でも活用した生還率と理論生還率のギャップを見てみると、DeNAはリーグトップであることが分かる。つまり、走者が効率よく生還している、ということになる。

 上記のコラム執筆時にリーグで最もギャップが大きかった阪神は、平均回帰の現象が起きて生還率と理論値生還率の差が縮まったが、DeNAは高いギャップを維持している。これは6、7番打者に打撃力の低い選手がいて、「8番・投手、9番・倉本」という打順も一役買っているかもしれない。

■シミュレーション上も「8番・投手」は非合理的とはいえない

 ここまでは現実のDeNAの成績をもとに打順の影響を検証したが、実データで分析することの欠点は、実際に起こっていないパターンが考慮されないことである。そのため、最後に統計シミュレーションを用いて「8番・投手」の意味を見てみよう。

 Baseball LABで試合の勝敗予測用(http://www.baseball-lab.jp/expectation/)に使っているシミュレーターを用いて、以下の能力値を仮想し、打順全840パターンを1000年分シミュレートした。

           打率 出塁率 長打率 OPS
筒香クラス(A)×2人 .300 .420 .530 .950
梶谷クラス(B)×4人 .250 .320 .430 .750
倉本クラス(C)×2人 .250 .290 .310 .600
投手(D)×1人    .145 .180 .150 .330
※「倉本クラス(C)」および「投手(D)」は犠打の可能性を考慮した影響により、やや上記の想定とは異なる能力値となった。

 840×143000試合=約1億2000万試合をシミュレートした結果、上位に「筒香クラス(A)」を2人置き、7番までの打順を「筒香クラス(A)×2」「梶谷クラス(B)×4」「倉本クラス(C)×1」で固定した場合、8番、9番打者を「倉本クラス(C)」と「投手(D)」のどちらを入れた方が良いか、という問題に対して、多くのパターンで「8番・投手(D)、9番倉本クラス」の方がやや平均得点が上がった。例えば下記のような結果が多く見られた。
BBAABBCDC 4.61点
BBAABBCCD 4.58点
※左から1番、2番…9番

 シミュレーションの結果から平均得点の上位と下位10パターンの打順を抽出したものが上の表で、確かに9番に「倉本クラス(C)」を置いたパターンの方が多く上位に顔を出している。8番と9番打者のみを入れ替えたパターンを見ると、この中では2番目のAABBBBCDCと3番目のAABBBBCCDとなる。やはり「8番・投手」のパターンの方が平均得点は高かった。

 また、下位10パターンのうち9パターンは7番と9番打者に「筒香クラス(A)」を置き、その間の8番打者に「投手(D)」を置くパターンとなっている。確かに、8番、9番打者と筒香クラスが続くより「8番・投手」で一度途切れた方が、得点が入りにくいのは感覚的にも納得が行く。

 当然ながら「8番・投手」というだけではなく、他の打順を打つ打者の能力との関係性により、得点力が変わってくると考えられる。

 ただし、上の表では最も平均得点が高い打順とそうでない打順の差は0.2点程度だ。また、8番と9番打者を入れ替えることによる影響も上で紹介したような0.001、0.03といったわずかな差が多かった。

■「能力値の推定」と「統計的な定石」とのバランス

 過去に行われた多くの最適打順に関する研究では「1番、2番打者など上位に得点力の高い選手を置いた方が得点力は上がる」とされている。

 ただ、一般的な「シチュエーションが変わっても選手の能力が一定である(例えば「無死走者一塁では犠打が多くなる」「得点圏で強い」というような前提を設定しない)」タイプの研究を見ても「伝統的な『2番つなぎの打者』より『2番強打者』の方が良いものの、それほど大きな影響力のあるものではない」と読み取れる内容が多いように思う。

 これはBaseball LABのシミュレーションを用いた結果でも同様で、打順による影響よりはむしろ「どの選手がラインアップにいるか」「相手投手との相性を考えて、相性の良い選手を適切に選ぶ」ということの方が得点に対する影響度は大きい。

 しかも、特に相手投手との相性などにより、選手の能力値は常に変化する。つまり、誤った打順を組むことよりも局面ごとに変化する選手の能力値を見極められないことの方がリスクは高いということだ。

 また「選手の能力値を正確に把握するのが困難」なことも重要な点である。選手の能力値は相手との相性だけではなく、走者状況や任される打順、実際に指示される作戦、さらには当日のコンディションなど、さまざまな要因で変わることが想定される。スタッツデータのみから選手の厳密な能力値を把握することは困難なので、現場で日々接している関係者が察知し、主観的な評価をすることが現実的だ。

 もちろん、「2番・強打者」に代表されるように、研究の蓄積による「データに基づいた定石」を把握しておくことが大事でないわけではなく、あくまでも現場感と統計解析のバランスがとても重要だと考えられる。ここまでの検証を見てみると、現場に無理なく非合理的でもない「8番・投手」というラミレス采配は、強打者が少ないというチーム事情はあるにせよ、バランス感のとれた采配に感じる。

■影響が小さいからこそ、ロマンがある

 先に紹介したカブスのマドン監督は「8番・投手、9番・ラッセル」という打順で戦った理由を「若手成長株の9番・ラッセルが敬遠されないように守る」「際どい球ばかり投げられて、勝負を避けられないようにする」ことだった、との報道がある。この意味をくむと「打順にはその試合を勝つためだけでなく、長期的なチームの戦略の要素も含まれる」ということだろう。

 このように考えていくと、打順論は“これらさまざまな要素を考慮し、練りに練った打順で戦った結果、平均得点への影響が見えにくい領域”と捉えることができる。

 1番と9番打者では20%程度の打席数の差があるので、もちろん、良い打者を9番に置くようなあからさまな話は別だが「8番・投手か9番・投手か」のような微妙な差が得点に与える影響はそれほどではない。個人的にはこの「それなりに大事そうだが、実はさほど影響力がないこと」が、打順論が常に議論される最大の要因であり、野球ファンの頭を悩ませる面白いテーマだということなのではないか、と考えている。

※データは2017年9月14日現在

文:データスタジアム株式会社 金沢 慧